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. . . . . . . . . . . . ぐだぐだ雑記兼備忘録です。
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written by 大鷲ケイタ
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さくさくと落ち葉を踏みながら、土井がいるであろう教員長屋へ向かって歩く。
文次郎は三木ヱ門の右手側の半歩先を歩いている。日の沈み具合を気にしているからやや早足だ。それでも、ついて行けない程ではない。
土井にどう話を切り出すか、何を攻め口に追及するか、言い逃れや開き直りをされた場合はどう対応するか。移動しつつ手短に相談して大まかな粗筋を取り決め、それを互いに復唱し確認し合ってから――そう言えば、言葉を交わしていない。
自分も文次郎も黙っていることに、どこか遠くで鳴いた鳥の姿を探し何気なく周囲を見回して初めて三木ヱ門は気が付いた。そして同時に、この沈黙を重苦しく感じていないことにも気付いて、ひとり驚愕した。
同じ場所に二人でいるのに会話がない。
いつもならその静けさが圧力になって無用の緊張を強いられるというのに、今は少しも苦にならない。のんびりゆったりという気分は、これから抜き打ち監査という名目のカチコミだという状況が許さないが、心の中は穏やかに凪いでいる。それこそ、落ち葉を踏む微かな音や鳥の鳴き声に耳を澄ませる余裕があるくらいに。
顔を上げるとすぐ目の前、ほんの半歩前に文次郎の背中がある。ほとんど体が上下動しない滑らかな足運びだが、うなじで括った髪は歩みにつれて小さく揺れている。
ちょっと手を上げれば容易に届く。軽く肩を突けば、あるいは「先輩」と呼び掛けるだけでも、文次郎はきっとくるりと振り返って、ぶっきらぼうに「何だ」と言うだろう。
そうする代わりに、三木ヱ門は手を上げて元結に付けたままの花結びをそっと撫でた。
体の中いっぱいにぐるぐると渦巻いてはち切れそうだったもの――尊敬と憧れと畏怖、それに少しの反発と埒も無い焦燥がまぜこぜになった斑模様の分厚い霧のようなものは、だいぶ薄くなった。触れようと思えば触れられるし、たぶんそれを許してくれる、でも自重する。自重できる。焦って手を伸ばさなくてもいいんだと今では分かっているから、この距離が心地良い。
「監査の後が大事(おおごと)だな」
前を向いたまま文次郎が呟いた。
「監査内容をまとめて文書にして、査問状に起こして、五年生たちに回答を要求して――職員会議には放り込みますか?」
小走りに追いついて三木ヱ門が横顔を仰ぐと、文次郎はちらっとそちらを見て、難しい表情で顎に手を当てた。
「生徒の自治の問題だ。出来ればやりたくねぇな。報告はしないとならんだろうが」
「もしかすると何か月かさかのぼって帳簿を検める必要があるかもしれませんね。うわぁ、しんどいな」
過去の帳簿の洗い直しという作業が増えても、現在やらなければならない仕事も待ってはくれない。思わずこぼした三木ヱ門の額を、立ち止まった文次郎がぺちんと張った。
「忍者ともあろうものがこの程度で弱音を吐いてどうする。二日三日の徹夜ぐらい、物の数でもねぇだろう」
「……そうですね、慣れました。率先垂範を示してくださる委員長がいらっしゃる限りついて行きますよ」
「何を他人事みたいに言いやがる。ついて来る、じゃねえよ」
「へ?」
言下の否定に三木ヱ門は目を丸くした。拒絶? 拒否? え、今さらどうして?
「委員長てのは最終的な責任を預かる立場ってだけで、別に偉くもない。それ以外では他の委員と――少なくとも、俺と田村とは五分だ。あとをついて来るんじゃなくて一緒に来るんだよ」
「……へ?」
「出来ないとは言わせねぇ。その自信はあるだろう」
「……はい。はい、はい、はい!」
一度目は呆気にとられながら、二度目からは正気に返って、何度も頷いた。その拍子に大きく揺れた花結びを慌てて押さえ、急いで元の位置に戻す三木ヱ門に、返事は一度でいいと素っ気なく文次郎が言う。
すぐ近くの梢からぱっとすずめが飛び立つのが三木ヱ門の目の端に見えた。
この情報を持って行く先は作法委員会か勘右衛門か、それとも、あれはただのすずめだろうか。せわしく羽ばたく小さな翼を見送りながらそんなことを考えたが、何でもいいやと思い直した。
背の高さが違うから歩幅が違うのは仕方ない。今は遅れを取らないようにするだけで精一杯だ。でも。
「行くぞ」
「はい」
飛んで行ったすずめの後ろ姿から目を離して再び歩き始めた文次郎に、今度はその横に並んで、三木ヱ門ももう一度歩き出した。

<<了>>
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