「日が暮れてしまいます。何も問題はないようですから、行きましょう」
「問題ないのか」
床下に潜り込んだ時に三郎が巻き上げた土埃と、底の知れない笑顔を浮かべて黙っている勘右衛門を交互に見比べて、文次郎が不審げな表情をする。
「ない、です!」
「――です」
三木ヱ門が力を込めて断言し、勘右衛門は肩をすくめてそれに倣う。そして、文次郎にへらりと笑いかけた。
「いやぁ。田村がここまでたどり着いてくれたのが嬉しくて、つい色々お喋りしちゃいました。な、田村」
「えー……はあ」
お喋りというより一方的な独演会だが、確かに、喋りに喋った。
三木ヱ門が五年生の"裏予算"やその他の事案を追って駆け回っていることは、どうやら作法委員会の忍雀を勝手に使役して集めた情報から、とうに知っていたらしい。しかし"裏予算"の実行に勘右衛門は関わっていないと判断した三木ヱ門が調査の対象に含めなかったので、ここでも蚊帳の外の憂き目に遭った。
申し合わせでそういう役割を振られたのだから、むしろきっちり仕事を果たしていると心密かに誇るべきだ。でもでも俺は五年生のトリックスターなのに、全然、まったく、まるっきり無視されるなんて、そんなのつまんない!
勘右衛門の滔々とした自白の裏側にはそんな主張があるのではと、拝聴しながら三木ヱ門は思っていた。
その気持ちは分からないでもない。いや、分かる。とってもよく分かる。
表に出たがる諜報役というのは忍者としては良くない。晴れて「忍者」を職業としたら、その日から生涯自分の仕業を喧伝することなど出来ない。だけど、自分たちはまだ雛にも満たない忍者のたまごだ。今はまだ――今のうちだけだから――自己主張も自慢も自儘も、ちょっとだけ許してほしい。
そんなことを生徒の中で一番プロに近い六年生に言ったら、叱られるだろうか。呆れられるだろうか。仕方なさそうに笑ったあと、ちょっと痛めに小突かれそうな気がする。
自分を見詰めている三木ヱ門とふと視線を合わせて、文次郎は苦笑した。
「で? 気は済んだのか」
「はい」
にぱっと勘右衛門が笑う。
「三郎は、あとは私がどうにかしますから、どうぞ行ってください。お手数おかけしました」
ぺこりと下げた頭を上げるその一瞬、三木ヱ門に向かって素早く片目をつぶってみせた。