仙蔵のヤロー難儀なことをしてくれやがる、とこぼす。
同級生で同じクラスで長屋も同室、だからと言って仙蔵がやらかしたことに文次郎が責任を負う必要はない。無いが、俺には関係ないと知らん顔もできないのだ。
こいつをどうしたものかという表情で三郎を見下ろす文次郎をなんとなく複雑な気分で眺めていた三木ヱ門は、勘右衛門が興味深そうに自分を見ているのに気が付いてぎくっとした。思わず身じろぎする三木ヱ門に訳知り顔な笑顔を向けてから、勘右衛門は涼しい顔であからさまに遠くへ目を逸らす。
「……尾浜先輩」
「ん、なーに? あっちを見張ってなくていいの?」
「見張ってなんかいません、その必要もありません。一体どうやって作法のすずめを手懐けたんです」
三木ヱ門が声を低くしてぼそぼそ詰問すると、勘右衛門はくるりと目を回して一瞬宙を仰ぎ、それから大真面目な顔になった。
「俺には見たままの技を写し取るコピー忍者の才能があったらしいよ」
「……」
「笑う所だよー」
もう少し真面目になって説明した話を信じるならば、勘右衛門が色々な物事を注意深く観察し始めたある日、やけに規則性のある動きをする特定のすずめの一団がいることに気付いた。これは何かあると突っ込んで調べてみると、それは上級生長屋の屋根裏で作法委員会管理のもと飼育されているすずめで、どうやら奇妙な技を仕込まれている最中だった。
「――でも、立花先輩にあれ何ですかって真っ向から尋ねても教えてくれるわけないじゃん? だから下級生から誘導尋問で聞き出して、何をどうやってるのか当たりをつけて、便利そうだから俺も全力で便乗した」
「五年生には特に部外秘って喜八郎が言っていたのに……」
「人徳だね」
自分で言い切った。
「それに、面白半分で八左ヱ門をつつかれるのは面白くないし」
「……。私の考え過ぎかもしれませんが、鉢屋先輩が今日は竹谷先輩の変装をしていたのは、ひょっとして目眩まし――」
「拉致ってフラッフラにした三郎を、綾部を介助役につけて雷蔵と一緒に部屋まで連れて来てくれたから、悪意でやってるんじゃないのは分かるけど遊ばれても困るしさ」
勘右衛門の口調はあくまで明るく軽い。しかしその声の底には、頑として一歩も引かない堅いものが潜んでいる。
……これは難敵だな、と三木ヱ門は内心で覚悟した。突破口は掴んだにしろ、"裏予算"の追及は相当に手間が掛かりそうだ。しかし不思議と悪い気分ではない。
一方で、文次郎はまだ三郎を相手に難渋している。
「鉢屋ー。お前をイジメるすずめはもういねえぞ、だから剥がれろ」
「やだ」
荒っぽい口調で宥めつつ腰を抱え込んだ三郎の腕をとんとんと叩くものの、即答した三郎は動かない。敬語になり忘れるどころか子供返りしたようなその返事を聞いた文次郎は、何故か噴き出した。
「……なんで笑うんですか」
「ああ、笑ってる場合じゃねえんだけどな。ついさっき違う場面で同じ台詞を言われたと思ってな」