「元気が無いと日に当たるのか」
「元気が無いと日に当たるんですよ」
奇妙な理屈に文次郎は訝しむが、三郎はさも当然そうな口振りでオウム返しに答える。山には紅葉、月に雲、花は向日葵か月下美人、しかしこの顔は美人じゃない。だから私は日光を浴びるんです。
「月光ではなく」
怪訝を通り越して得体の知れないモノを眺める顔つきになっている文次郎にそう念を押して、ふん、と三郎はそっくり返った。
「――そうしていれば、いずれ花が咲きます」
「向日葵が?」
「ほーら」
そう言いながら三郎は肩先に落ちかかっている髪をひと房つまみ、くるんと小さく振り回す。と、その先端に「ぽん」と音を立てて花(向日葵ではなく大輪の蓮だ)が開き、三郎の動作を反射的に目で追っていた文次郎がその目を剥いた。
一瞬にやりとした三郎はしかし、すぐにつまらなそうにその笑みを消し、髪の先に咲いた花を無造作に千切り取ってくるくると弄んでいる。
「……酔っ払ってねえよな。何がしたいんだ、お前は」
「そうですねえ。とりあえず、先輩がいま立っていらっしゃるその場所から、もう少し右へずれて頂きたいです」
日が遮られてしまいますから、と空とぼけた口調で言い、つまんでいる蓮の花で右の方を指す。
普段の三郎なら六年生の前ではそれなりにしおらしい。しかし今はよほど機嫌が悪いのか、それとも文次郎を辟易させて面白がるつもりなのか、恐れ気もなく随分と絡んでくる。
「ひどいなー。別に、光源氏や敦盛と張り合うつもりでもないけどさ」
変装したその顔をさして「美人じゃない」と言い切られた勘右衛門は、膝でにじって廊下へとてとてと出て来ながら、自分の頬をぺろりと撫でて屈託なく笑った。