引き戸の向こうから顔を覗かせたのは、膝立ちで戸に手を掛けた勘右衛門だった。
「んっ?」
「ん?」
三木ヱ門が目をぱちくりさせ、新手の方の勘右衛門もそれを受けてぱちくりする。表情はやや眠たげにとろんとしているが、こちらは鬱々とした空気をまとっておらず、三木ヱ門を見てへにゃりと愛想笑いのような表情を浮かべた。
一方、陰気な餅状の勘右衛門は首を回して振り返り、そこに同じ顔がいるのを見ると何事もなかったようにまた前に――地面に――向き直り、いかにも気怠げな重い溜息を落とした。
同じ場所にふたりの勘右衛門がいる――と言うことは。
「私は鉢屋です」
そうと指摘される前に先手の方の勘右衛門が挙手して名乗り、また目だけぐりんと動かして文次郎を見た。
どういう訳か無闇に投げやりな口調と態度だが、その声は確かに三郎だ。
いや、「どういう訳か」じゃないか。立花先輩に拉致されたあと、変装していた竹谷先輩の顔を覚えさせるために、忍雀と強制的にお見合い(仙蔵曰く「"多少"精神の緊張を強いられること」)をさせられたんだっけ。くたびれて寝ているだろうと立花先輩は予想していたけど、まさかふてくされていたとは。……ふてくされてるよな、これは。
「竹谷の顔はやめたのか」
自分の顔を指して文次郎が言うと、三郎はぎゅっと顎を引き、より一層上目づかいになって呪わしげな声を吐き出した。
「やめました。今日はもうあの顔は験が悪いのでぇ」
「あー……。悪かったよ」
文次郎は今日、お前は鉢屋か否かと八左ヱ門の顔をした三郎を締め上げている上、そうした理由は結局冤罪だったのだ。ぼそっと謝る文次郎に、ほとんど白目になった三郎は不遜にもただ頷いて答えた。
「何をしてらしたんですか? ここは寒いでしょう。体が冷えてしまいますよ」
戸を開けたきり黙っている勘右衛門と半笑い顔のにらめっこをしていた三木ヱ門が尋ねると、三郎は口角をゆっくり吊り上げて、にたりと笑った。
「田村は優しいなぁ。意地悪をしたのに私を心配してくれるのか」
「意地悪?」
「元気が無くなったから私はここで日に当たっていたんですぅー」
軽口を聞き咎めた文次郎に、一転して噛み付くように三郎が言う。