八左ヱ門の返事を聞いた瞬間に文次郎はそれが嘘だと見抜き、しかし強いて問い質しはしなかった。その直前に「生物委員会の収支報告書の記載には何も問題がなかった」と三木ヱ門が強弁していることと関係がある、と考えたのだろう。
何かを自分から隠そうとしている。悲壮なほどに必死なその様子を見るに、それはただ私利私欲の為ではない、よほど"重い"事柄らしい。それならこっちもその覚悟を尊重して「知らぬ振り」で応じよう――だが、お前らだけで丸ごと全部背負うんじゃねえ。
「あの念押しは、分かっていて仰ったんですね」
"三度目の"脱走はさせるなよ。
お前が俺に嘘を言ったことは分かっているが、そのことにはわざわざ突っ込まないが、俺が"分かっている"ということをお前も"分かっていろ"。文次郎は言外にそう啖呵を切り、それを正しく読み取った八左ヱ門は絶句した。そして八左ヱ門もまた野暮な問い返しはせず、お前らの荷をこっちにも寄越せという文次郎のぶっきらぼうな厚情を汲んで、受け容れた。
呟くように三木ヱ門が言うと、文次郎は急にとぼけた。
「何のことだ? 俺がいい加減なことを言ったから竹谷も勘違いした、ってだけの話だろう」
「……はい。で、私は単純です」
口を曲げる三木ヱ門に、拗ねるなよ、と文次郎が苦笑する。
猿は二回逃げた、とそれを知らないはずの文次郎に二度言われて、その二度とも「はい」と答えた。疑いもなく。迷いもなく。だって自分は「二回逃げた」ことを知っていたから、つい。
それにしても、ほんの一往復だけのやり取りの間に、腹の探り合いや含意の推察や即座の熟慮が行われているなんて――上級生同士の会話って疲れるなぁ。