だが、猿の移送行幸中に首飾りだけ籠から落ちたと考えることはできなくもない、と付け加える。
――となると、文次郎が「首飾りを探すために脱走したんじゃないか」と言ったこと自体がそもそも不自然だ――そうではない確率が高いことは承知しているのに――というわけで……それに対する八左ヱ門の「そうかもしれない」という答えも、またおかしい。
これが二度目の脱走だと文次郎が知らないことを、猿を捕まえた安堵のあまり八左ヱ門が失念していた可能性はある。
でも、低い。
見た目はわあわあと大騒ぎで立ち回りをしながら、今日の八左ヱ門は常に頭の一画に冷静な部分を残していた。……今日"の"かな? 三木ヱ門が知る機会がなかっただけで、今日"も"、かも知れない。とにかく、それを忘れてはいなかっただろう。文次郎が指しているのは一度目の脱走のことだと判断できたはずだ。
なのに、文次郎の発言を曖昧に肯定するような返答をしたのは……それでは、わざと?
顔の周り飛び回る見えない虫を追うようにうろうろしていた三木ヱ門の目が、一点に留まって徐々に晴れてきたのを見て、文次郎は小さく頷く。
「一度が二度でも理由が何でも、そう大したことじゃない。猿が無事にご帰郷し遊ばせ給うた今となっちゃ、いっそどうでもいいってくらいの話だ」
しかし八左ヱ門は"何も知らない"文次郎が誤った推測をしたのに便乗して、嘘を吐いた。ええそうですね、この小猿はお気に入りの首飾りを見つけ出したくて逃げ出したんでしょうね。いつどこで失くしたか? さあて、うっかりミスなんてそれこそいつどこで起きるか分かりませんからねえ。
確かにあまり意味のない嘘だ。
が、知ってしまえば理不尽な責任を負わされる真実を覆い隠す小さな煙玉のひとつは、ひょっとするとこの先、人の命を左右する重要な働きをするかもしれない。ならば、どんなに薄くとも、煙幕を張っておくに越したことはない。