聞きかじった言葉の意味を深く知らずにぺらりと喋る耳年増の厄介さは、団蔵のおかげで今日はもうお腹いっぱいだ。仏頂面の三郎次の頭のてっぺんをくりくりと撫で回しているタカ丸に、話を逸らそうとして三木ヱ門は急いで声を掛けた。
「その道具箱、焔硝蔵に持って行くんですか」
「ううん。立花先輩の所」
旧式の調合道具とどこが違うのか新品のうちに見ておきたいと頼まれて、長屋の私室へ運ぶ途中なのだと、タカ丸は木箱をちょっと持ち上げてみせる。
さすが勉強熱心な火薬使いの第一人者、と三木ヱ門は単純に感心したが、文次郎は少し顔色を変えた。何か言おうとして口を開け、思い直したようにすぐに閉じ、眉間に浅くしわを刻んで火薬委員たちから目を背けている。
その時、四人が立っているすぐ近くから、ぱたぱたぱた――と軽い羽音が飛び去っていくのが聞こえた。ちらりと見えた影は何の変哲もない、丸っこい小鳥の形で……
「あ」
三木ヱ門の下顎ががくっと落ちた。
「ん? どしたの?」
「……喜八郎の宿題を手伝う前に、左近のレポートを見る約束もしてたんだった」
「えー。石火矢のレポートに田村先輩の助けを借りるなんてズルい」
首を傾げるタカ丸に三木ヱ門がぎくしゃく答えると、左近と同じ課題が出ている三郎次が思わずのように文句を言い、すぐにそれを取り消すように「まあ僕は何とかなったけど」と横を向いて呟く。
その強がりに付き合う余裕は三木ヱ門には無い。
左近の話を出したのは咄嗟のごまかしだ。いま飛んでいったすずめが忍雀かどうかは分からない。しかし、すずめの間諜の報告でもこれから長屋へ向かう火薬委員の何気ない雑談の中でも、「文次郎が三木ヱ門に"プロのお姐さん"の髪型をさせた」と仙蔵が知ったら、どうなるか。