何だかよく分からない。理由付きの嫌いなら大した「嫌い」じゃない、ということだろうか。
「でも――」
「あんまり"でも"って連呼するな。言葉が安っぽく聞こえるぞ」
「はあ。でも、先輩だって助けますよ」
口では物騒なことをうそぶいていても、仲の悪い身近な誰かが危機に陥った時に、文次郎がそれを一顧だにせず見殺しにするところは想像できない。その代わり得物を引っ掴んで飛び出していくところは容易に想像できたから、確信を持って断定すると、文次郎は目の前で手を叩かれたような顔をした。
「……俺がピンチだったらじゃなくて、田村の立場を俺に置き換えたら、の話だよな。いや、なんでお前が言い切るんだよ」
「なんでと言われましても」
改めて理由を問い質されても困る。だってそうでしょうに、としか言いようがないから、そう言った。
「私が知っている潮江文次郎先輩はきっとそう行動する方です」
「……」
「でしょう?」
ぽかんと開いた文次郎の口の中で、うわぁ、と小さい呟きが聞こえたような気がした。だけでなく、三木ヱ門から顔を逸らして、その顔を片手で覆って俯いてしまった。
「あれ。どうなさいました」
「ちょっと……、そっとしといてくれ、頼むから」
「え、大丈夫ですか。もしかしてまだ湯気の影響が――」
「仕返しか?」
「はい? 何のです?」
三木ヱ門が首を傾げると、今日の放課後だけでどれだけ醜態を晒しているんだ俺はと呻いて、文次郎はますます下を向く。医務室で仙蔵にからかわれた時と同じように耳のふちがうっすらと――いや、木のてっぺんに最後まで残った柿の実みたいに、赤い。
何かが猛烈に恥ずかしいらしい。しかし何が、と三木ヱ門が不思議がっていると、少し離れた所から声がした。
「そこにいる四年生、だれ?」