「潮江先輩はあの真白な顔で山本先生の所へ行かれたんですかね?」
まだ塹壕掘りを続けるという体育委員会と別れて、三木ヱ門と左門が地上へ戻ると、間一髪で落下を逃れた鹿子は相変わらず木陰で慎ましやかに佇んでいた。
放課後の予定はすでに散々なことになっていると言うのに、なんと健気な。
心ならず置き去りにした可愛いカノン砲を申し訳なさいっぱいで撫でさすっていた三木ヱ門は、ずけずけと声をかけて来た左門を、半眼になって振り返った。
「あのままだろう」
素っ気なく言い捨てる。
「うへー。でも、山本先生ならびっくりしないでしょうね」
「ということは、お前は驚いたわけだ」
そりゃあもう、と左門は勢い良く頷く。
「頭の上が崩れたと思ったら、人形(ひとがた)をした白面赤目が降って来ましたから、てっきり化生のものかと」
「……そう思うよなあ」
問題のある発言だと騒ぐ左門をよそに、ちょっと目をこすって半眼をやめ、三木ヱ門は片手を鹿子に置いたまま考え込んだ。
生物委員の一年生も体育委員たちも、目の前にいる白塗りの人物が誰なのか――人間だ、とさえも!――一見では分からなかった。
僕は、竹谷先輩が間に立っていたから、姿を見るより先に声を聞いた。だから、人相も分からないような化粧をした人物が潮江先輩だと、すぐに認識した。
七松先輩はさっき「まだその化粧をしているのか」と言い、そして潮江先輩は、「俺の顔で」くのいちや山本先生に失礼なことを言ったと、鉢屋先輩を血眼になって探している。
潮江先輩に変装した鉢屋先輩は「この白粉を塗ると――」と言った。ということは、本物の潮江先輩が授業で白粉を使ってから現在までの間に鉢屋先輩は変装し、かつ悪戯をして、女性陣はそれを潮江先輩の言動と思い込んで無実の本人へ何らかの報復をしたのだ。
然るに、七松先輩の言に拠れば、授業からこっち潮江先輩は素顔になっていない。
しかし変装の対象が頭をぶつければ即座に付けこぶを装着し、顔面でボールを受ければ目の周りに青痣を描き足す、タイムリーかつ完璧な変装を旨とするのが鉢屋先輩だ。その時、潮江先輩が白塗りであるなら、鉢屋先輩もまた白塗りの顔を作る筈だ。
「暴言を吐いた人物が潮江先輩だと、くのいちたちはなぜ分かったんだ?」
ひんしゅくを買うこと必至の発言をする前に、わざわざ名乗るはずがない。
同じ顔が二人いれば片方は鉢屋三郎と、誰もが思い込んでいる。だが今回に限っては、ひと目でそれと分かる、素顔の文次郎の変装をした他の誰かの仕業だ。
「すいません、話が見えません」
三木ヱ門の呟きに、左門が困った顔をした。