しかし「そうです」とは言わない。今となっては公然の秘密になってしまったので忘れがちだが、小猿の存在は秘密なのだ。
「元の住処に……ですか?」
その秘密の深部まで知る三木ヱ門が言うと、八左ヱ門は三木ヱ門に控えめに安堵の笑顔を向けた。
「うん。木下先生の所に、連れて帰る準備ができたって手紙が届いた」
最初の飼い主である、動物の飼育が趣味の国持大名のもとへ戻る――という意味では、勿論、ない。もともと小猿が生息していたという南の国へ帰してやるための準備が整ったと、最終的に小猿の身柄を預けられた、そちらの方面へ伝手がある貿易商から連絡が来たのだろう。
それで思い出した。
喜八郎が掘ったアナンダ二号に落ちている北石を見て何事か黙考している木下に出くわした時、その場で共にタコツボを覗いていた清八が、届け物だと言って南蛮風の封蝋をした手紙を渡していたっけ。あれがきっとその知らせだったんだ。
……もう少し早く先生があれを開封して、小猿は間もなくいなくなると分かっていたら、この騒動は半分くらいの規模で済んでいたような気がする。まあ、いずれにしても、
「良かったですね」
そう口に出すと、三木ヱ門も自然と頬がゆるゆるとほぐれた。小猿の一挙一動で首が寒くなる面々の為だけでなく、突然まったく環境の違う異国へ放り込まれた当の小猿にとっても、生まれ育った場所へ帰れるのは良いことに違いない。
望んでもいないのに連れて来られた場所で上下左右へたらい回しにされた挙句、束の間の自由を得た二度の脱走もあっという間に終わった小猿の身になってみれば、この地での思い出は決して楽しいものではないだろう。それでも、文次郎に噛み付いてでも取り返そうとしたあの首飾りは大事に抱えていくのだろうけれど。
「異界妖号と清八が合流できたから、馬借特急便でこれから返しに行くんです」
な、と団蔵が開けたままの戸口の方を振り向くと、清八の声はしなかったが、馬が鼻を鳴らす音が聞こえた。
「……もっとも、箱詰めして荷物扱いにする訳にはいかないので私も同道します。なので、ご協力ありがとうございましたとお礼方々、御役御免のお知らせに」
「御典医はおしまいかあ」
伊作が残念そうに言うと、八左ヱ門はもう一度軽く頭を下げ、それから文次郎にも向き直ってぺこりとした。
小猿の隠匿に文次郎が何の役目を負っていたわけでもない。しかし、その低頭に色々な思いが篭っているのを三木ヱ門は感じた。
「竹谷」
「はい」
その気配を知ってか知らずか、文次郎がぶっきらぼうに八左ヱ門を呼び、八左ヱ門はかしこまって顔を上げた。
「"三度目"の脱走はさせるなよ」