人の足音がばらばらと複数、その拍子を取るように一定の間隔で馬の足音――
失礼します、と声がかかって出入口の戸が静かに開いた。
「善法寺先輩はいらっしゃいますか」
「ますかー? ……うわあ、甘苦くさい」
八左ヱ門と団蔵の声だ。どこからか名前を呼ばれたことには気が付いた伊作が、重たげな頭をきょろきょろと左右へ振る。
「戸口です」
三木ヱ門がそちらの方角を手で示すと、伊作は衝立の陰からのっそりと上半身だけ乗り出して、「はいよー」と気の抜ける返事をした。
「ご指名ということは、僕に用事かな」
「はい。あの、そんな隅っこで何をされていたんですか」
「吊るし上げをされてました」
戸惑い気味の八左ヱ門に答える伊作はぐだぐだだった呂律がいくらかましになっている。人聞きの悪い事を言うんじゃねえとそれを聞き咎めた文次郎は、まだ危うい。
「潮江先輩もいらっしゃるんですよね。……そちらへ行ってよろしいですか」
「いいかな。いいよね? うん、どーぞー」
会計委員たちの返事を聞く前に伊作が手招きすると、八左ヱ門はやや遠慮がちに衝立の向こうから顔を覗かせた。そのすぐ下に団蔵もひょいと現れ、伊作を囲む面々を見てにっと笑う。
その場で床に膝をつきながら八左ヱ門はちらりと文次郎を見て、それから伊作に向かって頭を下げた。
「善法寺先輩にもご協力頂いた例の"預かり物"が"元の住処"へ帰ることになりましたので、ご報告に上がりました」
「猿か」
ふらりと頭を上げた文次郎がぼそっと言う。
その妙に眠そうな顔つきに八左ヱ門は一瞬面食らった表情をしたが、すぐに目元をくしゃっとさせて、いたずらがばれた子供のように首を縮めてみせた。