「馬鹿正直」
大儀そうに口を動かして文次郎が訂正する。
「……が、正しい、とは」
左吉とにらめっこしている三木ヱ門の方へわずかに目が向いたものの、半分落ちたまぶたのせいで、その動きは誰にも見えていない。
「限らない」
ふう、と息をついた。言い終えたのではなく中休みのようで、しばしの間の後、再度口が開く。
「葉公、孔子に語りて曰く、……飛ばして、直きこと其の内に在り、だ」
もごもごと不鮮明な論語の一節を聞いた伊作は、溶けかけた餅のような有様なりに神妙そうな顔になった。二度、三度、首を揺らすようにして頷き、四度目にはかくんと深めに首を垂れる。眠ってしまったかと窺ってみれば、半分開いている目は床の上の一点をじっと見つめている。
やがて顔を上げた。
「……うん」
文次郎を見てもう一度顎を引き、やや気弱そうにへにゃっと笑ってみせた。
一体どんな意思疎通が行われたんだと、左吉が戸惑い顔で三木ヱ門に目配せする。なんとなく察するところはあったが、訳知り顔で左吉に向かって視線を返しながら、三木ヱ門も心の底で驚いていた。
文次郎が言い掛けて中略したのは本来は親子の情のあり方についての説話だが、今この場での主題は「本当の正直はその心の中にある」の部分で――全部をぶちまけて皆から非難を浴びることだけではなく、ひとりで胸の内に抱え込みその重さに耐えるのも反省の方法のひとつだ、と示唆した。