己の首はとっくに俎上に載せている伊作は、当然小猿の来歴を承知しているはずだ。自分の良心が咎めるからといって大勢を巻き込む軽率な行動はするまい。……と期待したい。体力増強剤の治験で既にして多くの人に迷惑をかけているが、それだけに。
しかし文次郎は知らないのだ。
忍術学園の内部に司法府はない。「悪いこと」をした誰かを裁くのは勿論、よってたかって吊るし上げることもしない。事情を知った先生に叱られたり、「悪いこと」の被害にあった者から剣突を食らったりして、当事者が自主的に反省するのを待つのみだ。
理由はどうあれやってしまったことは覆せない以上、隠し立てせず事を公にして皆から浴びせられる視線を以て自省しろ、と――文次郎が考えていてもおかしくない。
それを「とても人には言えない話なのだから黙り通してしまえ」と横から伊作に助言してしまうのは……たぶん、まずい。
「田村先輩?」
ぐるぐると考えている三木ヱ門が半眼になったまま黙り込んだので、左吉がこそりと袖を引いた。六年生ふたりだけでなく四年生まで眠気と綱引きを始めてしまったら大変だ、と少々慌てている。
「大丈夫だ。僕は眠っていない」
「……その台詞、作業で徹夜になると神崎先輩が眠りながらおっしゃいますよね」
「眠ってないってば」
ほら、と左吉に向かってぱっちり目を開いてみせる。
対照的に今や重いまぶたをどうにも持て余している様子の文次郎が、逡巡する伊作からちょっと目を逸らしてぼそっと何か言った。
「……今、馬鹿って言った?」
伊作がぷくっと片頬を膨らませる。