話が逸れている、と言いながら文次郎は手首を捕まえている伊作を振りほどき、もう一度手を上げて注目を集めている頬を隠した。
「俺の面のことはどうでもいい。今はお前が振り撒いた偽風邪の話だ」
「逸れているようで関係あるんだ。その洗顔料、誰でも使えるように刺激の少ない材料を選んで調合してるんだけど、それでも稀にどうしても肌に合わない人もいるんだよ」
その場合は、本人の心持ちやだんだんに慣れさせれば良いというものではなく、体質だから仕方がないと言う他ない。
ほとんどの人には問題がないけれど受け付けられない人はどうやっても駄目――というのは、洗顔料に限らない。強い日差しに当たると目が痒くなるとか、いちじくを食べると口の中までかぶれるとか、
「動物の細かい毛や羽毛でくしゃみが止まらなくなるとか、埃を吸い込むとひどく咳が出るとか……ね。それで今、長屋と校舎内の一部で、体力増強剤の影響が残ってる生き物たちが元気にばたばたしてるから、それに身体が反応してすびすばーになる人も出て来ちゃうかな、と、……予想はしてました」
「紛うかた無きバイオハザードじゃないですか!」
二の句が継げなくなった代わりに咳をした文次郎に代わって三木ヱ門が言うと、伊作は頭ががったり外れそうな勢いでうなだれた。