「赤剥けの肌荒れのすっごくひっどいのが起きる」
文次郎の頬から目を離さないまま伊作があっさり言う。
「因幡の白兎状態ですか」
左吉がぼそっと言うと、その惨状を想像したらしい文次郎の喉が大きく上下に動いた。うん、と返事をした伊作は指先でかりかりと自分の頬を掻く。
「そうなっても、海水を浴びて山の上で日光浴しろとは言わないよ」
「言われてもやらねぇよ!」
「だよね。でも、文次郎のは順調な感じだから大丈夫だと思う」
「皮が一枚剥がれるって物騒な話に聞こえますけど……一体、何の為にそんなものを?」
自分の頬を手のひらで撫でて三木ヱ門が尋ねる。伊作は三木ヱ門のすべすべした額や鼻の辺りを流し見て、「田村には必要なさそうだけど」と口を開いた。
「きれいな肌には年齢や性別を超えた普遍的な価値があるんだよ」
「はあ」
「そういう訳で保健委員会では今、美肌効果のある洗顔料を製作中なんだ。副作用なしで効果が見込めるものができたら良い値で売れるだろうと思って」
大袈裟な口上から一気に俗な話になった。
しかしまあ、無事に完成すればくのいち教室の女の子たちに大受けする逸品にはなりそうだ。そこで評判を取れたなら、市中へ持って行ってもそこそこの需要が期待できる。特製洗顔料を売って得た収入は――
「申請が通らなくて不足している予算の補填に回す、か」
そう言って、申請却下を言い渡す当人の文次郎が口を曲げる。八左ヱ門から回して貰った薬種商のルートだけでは予算不足は容易には埋まらないらしい。
「今の時点ではほぼ出来上がってるんだ。それにさあ」
不意に伊作が両手で文次郎の顔を掴み、三木ヱ門と左吉の方へぐいと捻じ曲げた。
「慢性的に睡眠不足で内蔵に過剰な負担がかかる食事の摂り方をしてて水に浸かって眠るなんて低体温症をこじらせて死にかねない行為を日常的にしてる文次郎が、僕らの開発した洗顔料ひとつでつるすべ肌になったら、これ以上ない宣伝効果があると思わない?」
「ああ、なるほどそういう訳で」
「納得すんな!」