一度に大勢の人間に咳・くしゃみ・鼻水と頭重感――風邪のようで風邪ではない症状を起こさせた原因。
「お前はそれに心当たりがあるな」
切り口上に文次郎が言う。
「試薬を生き物に舐めさせるためにあちこちに撒いたと言ったが、その薬はひょっとして、ヒトの体には害になるものだったのか」
「僕がバイオハザードを起こしたみたいなこと言わないでくれよ」
ヒトには無害だよと、伊作はややむきになって主張した。
僕は保健委員長だ。体調を悪化させるような薬をわざと作ってばら撒いたりするもんか。
「……鎮痛膏改・二号は」
「わざとじゃないよ!」
それを使われた留三郎をして「生き地獄」と言わしめた試薬の名前を三木ヱ門がぼそっと口にすると、伊作は急いでそれを遮った。それが三木ヱ門の耳には、予想外の副作用だったし被害者はひとりだからノーカウント、と言ったように聞こえた。
食満先輩、浮かばれないなぁ。
「なら尋ねるが、保健委員長」
文次郎が指先でとんと床を叩いた。
「この"流行り風邪"の原因について、お前の知見はなんだ」
「はぐしゅん」
伊作が答える前に左吉がくしゃみをした。期せずして全員の注目を浴び、すみませんと湿った声で言いながら慌てて懐を探る。
が、鼻紙を取り出すのが一瞬間に合わず、鼻の下についっと水っぽいものが垂れた。
大急ぎでそれを拭って素知らぬ顔をするが、伊作が「詰まるといけないから、しっかり鼻をかんでおきなさい」と注意すると、左吉は顔を赤くして後ろを向いた。
ぴい、と妙に可愛らしい音が鳴る。
「……失礼しました。お続けください」
もう一度向き直った左吉の赤くなった鼻のあたりをつくづくと見て、伊作が尋ねた。
「左吉はよく鼻がぐずったりする?」