「中にいたのは鉢屋先輩です」
兵助が立ち直る前に三木ヱ門は横から口を挟んだ。
文次郎はゆっくりと、兵助は素早く、首を回して三木ヱ門に注目する。
「本物の伊助はその頃、一年は組の教室で雑巾を縫っていました。――と鉢屋先輩ご本人が仰ったのは覚えておられますね、久々知先輩?」
団蔵と二人がかりで雷蔵を囲んだつもりが五年生三人に囲まれた際に、三郎がそう軽口を叩いたのはその場にいた皆(居眠りしていた団蔵は定かではない)が聞いている。雑費の節約のために――"つづら代"を計上するために庄左ヱ門と伊助に雑巾づくりを頼んだ、そして文次郎が焔硝蔵の前へ来かかった時「兵助と中と外で喋っていた」と、あまり出来の良くない冗談を上機嫌に喋るような口調で確かにそう言った。
「ああ? ――ああ、あー、そっか……うん、言ってたなあいつめ……」
渋々頷いた兵助は、片目を細めて無言で威圧する文次郎に「そういうわけで伊助ではありませんでした」とぺこりと頭を下げた。
伊助がいると嘘をついたことに文次郎は気付いているかもしれないと、自分に負い目があるからこそ不安になったと三木ヱ門には素直に白状したが、当の文次郎にはそこまで言いたくないのか、兵助はちょっと拗ねたような表情をしてさり気なく三木ヱ門に目配せした。
疑心暗鬼にかられて先回りして手を打とうとあれこれやってましたと吐いたら、傍らで聞いているだけで心臓が縮む文次郎の怒涛の説教再演確実だ。
「その辺りの事情は後ほど私が説明します」
今にも兵助にヘッドロックをかけようかという雰囲気を放っていた文次郎は、三木ヱ門がそう執り成すと、ふーんと妙に間延びした声を出した。