忍者たれば知謀計策を以て活動するを旨とし中には人倫にもとり白日に憚るものもあろうが心の不正な時はいかなる謀を巡らせようともその企みは自ずと露見し武勇ありとて剛ならず、また知謀ありとて計ならず、そんな無様を晒さぬ為にも忠義の道に始まり生死の道理を弁え他人の嘲笑を買おうとも志を強く持って誠と知を尽くすことに励み、己の為すあらゆる事象あらゆる技倆の本源たる正心を心身の礎に据えつけることが忍者なるもののいろはの「い」、
「で、あるのにだ! 六年生のお前が! 保健委員の職務を通じて得た医薬医術の知識を私利私欲に転用しちまちまと保身に奔走していやがるとは何事だ!?」
雷声一発、長台詞を一度も噛まずに言い切った文次郎が、つつかれたかたつむりのように身を縮める伊作をぎろりと睨み据える。
会計委員の三木ヱ門と左吉は委員長が大音声を上げるのには慣れているが、この時ばかりは凄まじい剣幕に度肝を抜かれてその場で竦んだ。それどころか、文次郎と付き合いが長いはずの仙蔵でさえ、目ばかりぱちぱちさせて固まっている。
やっぱり怒った――と、伊作が蚊の鳴くような声で呟いた。
「文次郎にばれたらものすごく怒られるだろうなとは思ってた……」
「ばれなければ問題なかったのにな」
ぱちんと最後にひとつ瞬きした仙蔵が混ぜ返すような事を言う。
また文次郎が怒鳴るかと三木ヱ門はひやっとしたが、仙蔵が「なあ?」と同意を求めると、文次郎は眉間のしわを深くして横を向いた。
「それも正心が確固じゃねぇからだ」
やろうとすることの正邪はひとまず脇にのけても、揺らがない信念を柱に気合を入れて隠しに掛かっていないから、どこかで綻びが出て尻尾を掴まれるのだ。伊作の場合、それは不用意に下級生に言った「鼻薬」という言葉だった。
「何より、お前が竹谷に一言謝ってりゃいいだけの話だ」
「それはそうだけど、さ……体面とかなんとか、色々と面倒な建前が僕にだってあるんだ」
ぼそっと伊作が抗弁する。
文次郎は不意に腕を伸ばし、はっと身構える伊作の額を拳でゴンと小突いた。
「ごめんで済んだら追捕使はいらねぇが、ごめんが言えれば追捕使がいらねぇ場面はいくらでもある」