「おい、大丈夫か」
腰を浮かせて文次郎が声をかけると、舞い落ちる土埃の中で起き上がろうとしていた3人の一年生はたちまち浮き足立ち、またてんでに悲鳴を上げてころころと転がる。
「落ち着け、怖くない、怖くない。妖怪じゃなくて潮江先輩だ」
這いずって逃げようとする生物委員会の一年生たちを三木ヱ門が宥める。何か言いたそうな顔をした文次郎はしかし口をつぐみ、腰に下がっていた上衣を帯から引き抜いて、被衣のように頭からかぶった。
「そのお化粧は……」
両手で印を組みかけていた三治郎が恐る恐る言いかけ、「それは聞くな」とぴしゃりと遮られると、また怯えた顔をしてぼそぼそと口の中で何か唱え始める。三木ヱ門にはそれが退魔の真言に聞こえたが、気づかない振りをして、虫捕り網を杖代わりにどうにか立ち上がった虎若の方を向いた。
「また何か逃げたんだろ? 危ないものじゃないだろうな」
「あー……えーと……ですね、珍しいけど、危なくはないです、たぶん」
言いづらそうに言葉を濁しつつ、孫次郎と顔を見合わせる。
が、投網を抱え直した孫次郎はあっさりと言った。
「ちっちゃい猿です。どこかで見ませんでしたか」
「猿――、僕は見てないな。先輩は?」
見ていない、と上衣の陰で文次郎も言う。
「この辺りはもう竹谷が探したと思うぞ。さっき回って来た」
締め上げられて遁走した、とまでは言わない。
「竹谷先輩が? ここを? もう?」
孫次郎の口を塞ごうとしてばたばたしていた虎若がきょとんとした。