「――でも、今回は人間用じゃないから……。学園に飛んで来る鳥や野生の生き物に試薬を与えて、様子を見ていたんだ。あの、勿論、健康を損ねないように十分気を付けたよ! むしろ人間で実験する時よりも注意したよ」
そこだけは強く主張したいと、伊作が声を大きくする。
その声が耳に入ったのか兵助がわずかに身動きし、左吉が素早く肘を掴んだが、目を覚まして顔を上げる気配はない。さっと兵助の方を見た文次郎はそれ以上の動きがないのを確認すると、同じく兵助に目を向け口を開けて止まっている伊作に「続けろ」と言った。
「それ、で……えっと、慎重に作らないといけない薬だったから、実験も回数を多めにして丁寧にやりまして、ですね」
急に敬語になった。
それでも配合を間違えたんですかと突っ込みたいのをこらえて、三木ヱ門は別のことを質問した。
「それは、同じ鳥や生き物に繰り返し投薬したのですか」
「……いや、その都度違うのを捕まえて来た。体にかかる負担が結構大きいからね」
「すると――実験の回数だけ、体力増強剤を与えられた生き物がいると?」
「うん」
こっくりと伊作が頷く。
その頭が、ずん、ともう一段階下がった。
「つまり、ね、めちゃくちゃ元気な生き物があれこれ、学園の敷地内を跋扈しているわけでして。しかも、その効果の持続期間が予想外に長くって――って言うのは、さっき話した通りで」
ザリガニをKOしたメダカも被験者というわけか。
ぐるりと頬をひと撫でして文次郎が顔をしかめ、さっきの話とは何だと仙蔵が目を光らせる。
「あとでね、仙蔵。……で、今さら言うまでもないんだけど、僕はよくコケる」
そして抱えているものを景気良くぶちまける。それが補充用の落とし紙であろうと洗濯したばかりの敷布であろうと、腕から離れたそれらは容赦なく空を舞う。
舞ったが最後、いずれは地面に落ちる。
「道理だな」
「そのー、試薬が入った壷を持っている時も、何回か……転び……ました」
「……道理だな」
しみじみ呟いた仙蔵が、ぽん、と口を鳴らした。