「その、逃げた"生き物"は"危ない"から、もしもの場合はなるべく穏便に捕獲できるようにって、協力を頼まれていた」
単語の端々に微妙な抑揚をつけつつ、目の焦点を迷子にした伊作は渋々説明する。
他の生物委員たちが捜索に駆けまわっている間、一平を伝令に非常事態通報を受けた伊作は薬草園で虫除けの草を摘み集め、小さな生き物が隠れやすい場所へ重点的に配置して回った。
「図書室の書庫へ行かれた時はお一人だったようですね」
伊作は今どこにいるのかという勘右衛門と伏木蔵の会話の最中、怪士丸が「書庫にはもう来ていた」と言った。
保健委員ではない一平が伊作に同行しているのを目にしていたら、おや、と思っただろう。
一平も一緒だったよ、なんでだろうね――と怪士丸が言わなかったことから三木ヱ門が鎌をかけると、伊作は急に歯が痛み出したような顔で頬に手を当てた。
「そこはほら。一年生だけど生物委員だから、一平はちゃんとそういう場所を心得ているから、二手に分かれて効率良く――」
「って建前で、お前は何が目的だったんだ」
当たり障りなく切り抜けようとする伊作に文次郎が斬り込む。ぐらぐらと揺れた伊作の目が傍らの仙蔵を見るが、仙蔵は特に動こうとはしない。
「そいつは俺らの味方じゃねえが、だからってお前の味方もしねえぞ」
ただ成り行きを面白がっているだけだ、とにべもなく文次郎が言う。
「その通り。私は中立の立会人だからな」
「どっちにも等分に面倒くせえ野次馬、の間違いだろう」
「立場が変われば見方も変わるということだ」
「善法寺先輩。どうぞ、話をお続けください」
放っておけばいつまでも続きそうな六年い組のやり取りに割って入り、三木ヱ門が促すと、伊作はちょっと恨めしそうな顔をした。
「……薬は一回勝負で作るものじゃないんだ。試薬を作って、実験して、その結果を見て改良して、それを何度か繰り返して完成させるんだ、けど、この"実験"が実は厄介でさ。人間用の薬を作る場合、まだ不安定な薬を人で試さなくちゃならないから、勿論安全には配慮しているけど思い掛けない効果が出る場合もあって」
一号は熟成中に爆発して、二号は留三郎を悶絶死寸前に追い込んだという鎮痛膏・改もそのクチだ。