しかし兎も角も、恋ではない緊張感で及び腰になりながら雷蔵は喜八郎に引かれて帰って行った。
それでは失礼します、と言って衝立から出た直後に喜八郎は半歩戻り、「三木ヱ門、あとで宿題手伝ってよ」と念を押す。
「うん。分かってるって」
それを嫌がりもせず三木ヱ門が返事をしたので、文次郎がやや渋い表情になった。
「宿題くらい独力でやらんのか。自分の為にならないぞ」
「交換条件でそういう約束をしたんです」
「……です」
文次郎の渋面を気にも留めずにしゃらっと答える喜八郎に続いて、三木ヱ門は首をすくめるようにして頷いた。こっそり仙蔵に目をやると、臆面もなく手助けを頼んだ後輩の姿に、こちらもあまりいい顔はしていない。
生物委員会が隠している「面白そうなこと」、すなわち小猿について深入りしない方がいいという忠告を、情報源を秘匿して作法委員長に伝えるように喜八郎に言った。めんどくさいけど適当な理由をでっち上げるからその代わり滝夜叉丸に内緒で宿題を手伝って――というのが、喜八郎の出した条件だったのだ。
仙蔵がここでその一件を持ち出してこないと言うことは、約束は守られたらしい。それ以前にまだ伝えていないという可能性もあるが。
文次郎は文次郎で三木ヱ門が飲み込んだ「秘密」のことを思い出したのか、それ以上は突っ込んでこなかった。雷蔵と喜八郎が立ち去ってひとり残された兵助を見て、「袖を掴んでおけ」と左吉を隣に座らせる。
「こっちは狸じゃなくて本気で寝てるよ」
呼吸を窺った伊作が呆れたように呟く。この状況で、図太いなぁ。
「で、お前はなんで当然ってツラして居座ってんだ仙蔵。と言うか、天井裏の檻って何に使うんだよ」
「なに、訳あってすずめを飼っていただけだ。じきに撤去する」
「すずめぇ?」
なんでそんなもんを、と訝しむ文次郎からさり気なく顔を逸らして三木ヱ門は冷や汗を拭った。