「……凄まじいな」
興味をそそられた顔つきになった文次郎が、不意に自分の頬をぱんと平手で叩いた。ひどく痛そうな音がした。
そわそわと床に目を落としている伊作は文次郎のしかめっ面には気付かず、やや早口になって続ける。
「勝ったけど、メダカは身体の内も外もぼろぼろだよ。でも薬のせいで行動は元気なんだ。メダカとヒトの体重比と投薬量を考え合わせると、人間がお椀一杯の薬を飲んだら効果は三ヶ月持続して、その効果が切れる前に負荷がかかり過ぎた身体が壊れてしまう」
だから大部分を使い残しているはずの蜜漬け薬を生物委員会から取り返し、こっそり破棄するつもりだった。
実はこういう危険があると分かったのでこちらへ渡してくれと、八左ヱ門に正面から言うことはできなかった。
「不完全なシロモノを掴ませたと竹谷にばれたら、せっかく手に入れた伝手が反故になるからか」
叩いた頬を手で抑えたまま文次郎が言うと、伊作は正直にも「その心配もなかったとは言わない」と眉を下げた。
「それよりも寧ろ、薬効がなかなか切れないことが分かっちゃったら、"生物委員会の手元に僕が作った薬がある"って状況があんまりよろしくなかった」
蜜漬け薬の存在は、生物委員会にとって伊作に薬種の販路をねだられる根拠となる枷である一方、伊作から見れば生物委員会のずるい工作に手を貸した証でもある。
迂闊に「薬を返して」と言えば、八左ヱ門はきっとその裏を読み、自分たちが手にしている証拠品の活用の仕方に気が付く。
絶対に公にできない裏工作のために文次郎から「瀕死のアヒル」呼ばわりされるほど大きな被害を被っているのは、六年は組のクラスメートにして長屋も同室の用具委員会委員長、食満留三郎その人である。
「例えばだけど――僕が竹谷に要求を突き付け過ぎて怒らせたりした場合、自爆覚悟にはなるけど、あの薬は留三郎に僕の裏切りを告発する切り札になる。そんな話が留三郎に知れたら六年かけて培った友情もこれまでだ。それはかなり嫌だよ」
「言葉の割には悲壮感がねえツラだな」
文次郎の指摘に、そうかな、と伊作が口元をもごもごさせる。
「……お前、もしこの事がばれてあいつがどんなに怒り狂っても結局最後は許して貰える、って自信があるだろ」
「ふへへ」