ふへへ、と冗談めかして伊作がおどける。
しかし目が暗い。
釣り込まれて笑おうとはしない会計委員たちを見回し、「ふう」と溜息を落とす。
「蜜漬けの配合を少し、ほんのすこーし間違えてね、予想外の効果があることが後から分かって」
「案の定かよ」
呻いた文次郎が指で瞼を押さえた。その効果とは一体なんだと尋ねるのも嫌そうに、三白眼をして無言で伊作を見上げる。
居づらそうに伊作が身動ぎすると、左吉が折り目正しい動作で右手を挙げた。
「質問です。そもそも薬ひとつで特訓もなく体力増強ができるって、どんな仕組みなんですか?」
「……一時的にリミッターを壊すんだよ」
「りみったー?」
「火事場の馬鹿力ってあるだろ。自分の力で自分の身体を壊さないように、日常では無意識に制御がかかってるんだけど、薬を使うことで特に危機に直面していない状況でもその馬鹿力を出せるようにしたわけ」
「なんだか身体に悪そうですね」
ドーピングの弊害をずばりと言い当てながら、そんな薬が作れるなんて凄いと左吉は感心している。ちょっと舐めるくらいなら試してみたいな。
伊作は首を縮め、文次郎は片方の眉をぐいと吊り上げた。
「バカタレ。本当に身になる力をつけたいなら、ただひたすらに己の身体を使って鍛錬あるのみだ」
「……うん。この点は文次郎が正しい。だから、回収しようとしたんだ」
蜜漬け薬はレース用のねずみに与えるだけの量があれば十分だったのだが、そんな少量は作れないので、小さな壷いっぱい分を八左ヱ門に渡した。うんと薄めて使えば体力が落ちている生き物の滋養の薬にもなるし、三ヶ月以上経てば薬効が薄れるから人間のおやつにしたっていいよと、気楽な言葉を添えて。
しかし。
「試しに投薬したメダカを観察していたら、一週間もあれば直るはずのリミッターが、最低三ヶ月はそのままになるようなんだ……」
そうと知らずに蜜漬けを口にした者が、三ヶ月もの間、限界以上の体力を発揮し続けたら。
「そのメダカはどうなったんだ」
「昨日、一騎打ちでザリガニに勝った」