空になったお盆を持った文次郎がのっそりと伊作の背後に立った。
「……えー……」
肩越しに振り仰いで低い声を漏らす伊作に、一瞥して逃亡したくなるような笑みを向ける。
「俺も混ぜてくれよ」
「……おー……」
とても了承には聞こえないその呻きを曲げて取り、文次郎は衝立を引きずって伊作の退路を断つと、自分はその正面へ回り込んでどっかりと腰を下ろした。使い慣れた得物の算盤代わりか、床に突いた角盆に片肘を乗せてのっけから長期戦の態勢に入る。
文次郎の右隣に並ぶ形になった三木ヱ門が、衝立の陰から控えめに顔を覗かせた左吉に目配せすると、左吉は心得顔に伊作の右手側を塞ぐ位置に座を占めた。
「こちらのお二人はどうしましょう」
後ろを衝立に、前と右を会計委員三人に阻まれて冷や汗を浮かべる伊作をよそに、雷蔵と兵助は何やら始めそうな四人をぽやぽやと見比べている。
雷蔵はもう既にあらかたのことを話した。火薬委員会の「鳥の子玉代」のことを追及したいが、今の兵助では複雑な話はおろか一問一答も難しい。
「置いておけ」
三木ヱ門の質問に文次郎は短く答え、さて、と口火を切った。
「お前が今日の放課後あちこちに撒いた薬は何だ」
「……防虫剤だよ。最近、長屋を中心に虫が増えた。全部が害虫ではないけど、虫が媒介する病気は多いから、防疫のためだ」
それが悪いと言うなら、保健委員会は学園の衛生を保つために必要な仕事ができない。
やや強張りながらも伊作ははっきりと抗弁した。文次郎は眉ひとつ動かさずに浅く頷く。
「虫が増えたのは確かにそうだな。だがそれ以上に、虫や小動物の活動の仕方が異様だ。その原因に心当たりは」
「――ない」
「とは言わせねえ」