「ああ、そう言えば――」
ここへ来るまでに見聞きしたことをふと思い出した三木ヱ門が呟くと、伊作が凄い勢いで振り向いた。遠心力で振り回された結い髪の先が雷蔵の顔にぺちんと当たったのに気付きもせず、瞳孔が開いたような目で三木ヱ門を無言のままじっと見る。
今日はいやに咳をしたり声が嗄れている人が多かったっけ。
勘右衛門は長次が喋っていると勘違いするほどのぼそぼそ声になっていたし、斜堂は短い立ち話の間にしきりに咳をしていた。八左ヱ門は山狩りのせいだと言ったけれど、それを差し引いても酷くがらがらに荒れた声だった。それに文次郎も、小猿に飛びかかられる直前、急に声を掠れさせている。
伊作からさり気なく視線を外し、三木ヱ門は頭の中で数え上げた。
空気が乾いて埃っぽいせいだと思っていたけれど――と言うよりも、善法寺先輩がこんな怪しい反応をしなければ特に気にもならなかったんだけど。
みんなが一斉に風邪っぽい症状を起こした原因を知っていますと宣言しているようなものだ。
「薬湯じゃなくて解毒剤だったりして」
鼻と口を三角巾で覆い、群がる患者に手際よくお椀を配っていく保健委員たちは、まさに誠心誠意を体現したような態度で立ち回っている。
その一方で保健委員長は、三木ヱ門の声の大きい独り言に顔色を変えている。
と、雷蔵がぱっと明るい表情をした。
「医務室には今、いい鼻の薬があるのですよね?」
「……あー……」
「それを使えば、みんなすぐに良くなりますよね」
「……いー……」
「あの薬湯はその薬ですよね!」
「……うー……」
唸るしかできない伊作を雷蔵はにこにこと追い詰める。
無邪気最強って一年生の専売特許じゃないんだなと、三木ヱ門は正座したまま右往左往しそうな勢いの伊作を見てつくづく思った。
「面白そうな話になってんな」