"あい"という音に、咄嗟に漢字を当てられなくて、三木ヱ門は一瞬戸惑った。
その間に兵助はもたれかかっていた雷蔵の背中をぐいぐいと押し始めた。
「愛をくらえー」
「え、それですか!?」
いやいやそうじゃない、色の話をしているのだから哀や愛ではなく藍だと三木ヱ門が気付いた時には、ゆるい胡座で座っていた雷蔵は、柔軟運動をしているかのようにぺったりと上半身を伏せていた。
額ではなく胸と腹が床についているあたり、結構身体が柔らかい。
「あはは。愛が重い」
「愛こそみんなの仕事だからな!」
雷蔵の背中の上でそっくり返った兵助が自信満々に意味の分からないことを言う。
兵助を頭が良くて頼りになる委員長代理と慕う火薬委員たちにこの光景を見せてみたい、と囁く内なる自分を黙殺して、三木ヱ門は床すれすれまで頭を下げて雷蔵を覗き込んだ。
「藍色の染料がなかったんですか?」
「紅はあったのにね」
「紫のひともとゆえに武蔵野の……、詠み人知らず、のみつくされぬ」
また兵助がいらぬ口を挟む。
と思ったが、確かに藍色と紅色を合わせると紫になるから、繰り言の後半はさて置き話題に沿った発言ではある。雷蔵も平べったくなったまま「そうそう」と頷いている。
「紫にしたかったんだ」
「紙を?」
「紙を。藍がないから、紅だけ混ぜたら、むら雲染めになっちゃって」
おそらく溶かした反古紙に染料を加える時、少量ずつ馴染ませながら――ではなく、大雑把な雷蔵らしくざっくりといったのだろう。
大雑把と不器用と粗忽の違いってなんだろう。
「……それが結構、きれいでね。薄めに漉けた所を選んで、懐紙にしてみた」
他の図書委員には内緒で、ともごもご雷蔵が言う。