八左ヱ門の胸倉を掴んで揺さぶっていた文次郎は三木ヱ門に気付くと、ほんの一瞬、ばつが悪そうな顔をした。
いつもの髷ではなく、前髪をすべて上げて額を晒した引っ詰め髪に結い、深緑の頭巾はどういう訳か首の後ろで大きな蝶結びにして括り付けてある。
それだけではない。
不機嫌な仏頂面は勿論、首筋から胸元、肩衣を着けたまま諸肌脱ぎにした肩、腕、八左ヱ門を締め上げる両手の甲までまるで灰をかぶったように真白く塗られ、目の縁と唇には対照的に鮮烈な緋色が引かれているのだ。
「俺の見目はどうでもいい」
もの問いたげな三木ヱ門の機先を制し、無愛想にぴしりと言う。
一見では男女の別さえ判然としない、尋常ではない化粧をして――されて?――いるものの、言動はいつも通りの文次郎だ。帯に引っ掛かって腰の周りに垂れている上衣が、吊り上げた八左ヱ門を振り回すにつれてバサバサと翻る。
「貴様が竹谷なら鉢屋はどこにいるっ。言え、隠し立てしたらただじゃおかんぞ!」
「わ、わ、知りません、本当に知りません」
「先輩、竹谷先輩の首が絞まっちゃってますっ」
八左ヱ門の顔色がみるみる変わっていくのを見て、三木ヱ門が慌てて文次郎の腕に飛びつき引き剥がしにかかる。
しかし腕力勝負で四年生が六年生に敵うはずもない。三つ巴になってぎゃあぎゃあと揉み合ううち、弾き飛ばされた虫捕り網が偶然文次郎の目に当たり、わずかに怯んだ隙に八左ヱ門は力任せに文次郎を突き放して飛び退った。