その途端、高湿度の熱気がどっと部屋の内から流れ出した。
真正面からそれを浴びて思わず立ちすくんだ文次郎は勿論、左右から覗き込んでいた三木ヱ門と左吉も、瞬きひとつする間もなく額と言わず首筋と言わずぷつぷつと汗が浮き上がる。まるで釜風呂か湯元にでも踏み込んだかのような暑さだ。
「あったかい……」
「しめっぽい……」
乾燥して寒い廊下に転がっていた人の群れが、漂ってきた湿気と温もりに惹かれてのそのそと戸口へ這い寄ろうとする。
が、医務室の奥から伊作の声が飛んで来た。
「薬待ちの人は入っちゃ駄目! それ以外の用の人は入ってすぐ閉めて!」
戸の敷居に手をかけようとしていた一人の手が止まる。
その隙に文次郎は三木ヱ門と左吉を掴んで室内へ放り込み、自分も素早く中へ踏み入ると、後ろ手にぴしゃりと引き戸を閉じた。
一体何が起きているのかと見れば、ありったけの火鉢に気前よく炭を熾した上に更に大小の鍋釜を総動員して、ぐらぐらと大量のお湯を沸かしている。微かに甘苦い匂いがするのは、その鍋で薬湯を煮出しているからだ。
鍋から立ち昇る蒸気の衝立の向こう側に、伊作の姿がぼんやりと見えた。
「だれ、来たの?」
足の間に薬草を摺る大きなすり鉢を抱え込み、手を動かしながら顔も上げずに伊作が尋ねる。
一番手前の火鉢に載せた大鍋を杓(しゃく)でかき回していた乱太郎が、肘の上までまくり上げた袖で眼鏡のくもりと汗を拭いながらちらりと戸口を見て、早口に答えた。
「潮江先輩と、田村先輩と、左吉です」
擂り粉木の音がぴたりと止まる。
「……瀕死のアヒルがいねえな」
隅に寄せて置かれている衝立の内側を上から覗いた文次郎が言うと、すり鉢を抱えてのっそりと立ち上がった伊作が、「逃げたよ」と苦い顔をした。