誰を助けたのか聞くまでもない。
「出られなかったのか、不破先輩と久々知先輩……」
「頑張れば脱出できる構造にしてあるのにねー。頑張る気力がくじけたみたい」
穴の底から吊り縄で引き上げられたぬるぬるベタベタまみれの二人は精魂尽き果てた風情で、その光景は全てを投げ出したナメクジのようだったと喜八郎は言う。
ふてくされて地面に転がる人間大の軟体動物を想像してみようとして、三木ヱ門は早々に諦めた。
「怪我はしてなかったけど、すごく気分が悪そうだったから連れて来たんだ」
「そりゃそうだろうな」
「そしたら"ばっちい"って入室拒否だよ」
その得体の知れない粘着剤を表で落としてから来いと伊作に言い渡され、この寒いのに井戸端でざぶざぶと水をかぶっているうち自棄になって桶で水を掛け合い始め、全身ずぶ濡れでから笑いをし出した時点で保健委員に回収された。
滅入っているところから一気にタガが外れたとは言え、普段はごく常識的な言動をする雷蔵と兵助らしからぬ行動に、伊作の診立ては「二人ともラリってる」だった。
「今は中で大人しくなってるみたいだけど、処置が済んだら責任持って長屋へ連れて行けって言われて、僕はここで待機中。だから宿題ができない」
「ラリってるって……あのぬるぬる、何で出来てるんだよ」
「主にダークマター」
「答える気ないだろお前」
「……話がまるで分からねえが、中に不破と久々知がいるんだな?」
ぴったり閉ざされている引き戸を文次郎が指差すと、喜八郎は「いますよー」と興味がなさそうに頷いた。廊下にごろごろしている風邪っぴきたちは他人の会話に首を突っ込む元気もないのか、誰も話を聞いている気配がない。
「丁度いい。役者が揃ったじゃねえか」
不敵に笑って廊下へ飛び乗った文次郎は、胡乱げに顔を向けてくる人波を跨ぎ越え、パンと勢い良く戸を開け放った。