「……何だったんだ今の。一年担当の教生が、五年の不破に何の用なんだ?」
三木ヱ門の手元に残った書状と、たった今まで北石が立っていた場所を不審そうに見比べて、文次郎が首をひねる。そう言われたところで三木ヱ門にも思い当たるふしはなく、一緒になって頭を傾ける。
「まさか不破先輩が天賦忍者協会に仕事を依頼した訳はないでしょうし……、ん?」
どこからか場違いに甘い匂いがする――と思ってくんくんと辺りを嗅ぐと、左吉が目を白黒させながら一生懸命になって口を動かしている。三木ヱ門がきょとんとして見ているのに気付いた左吉は頭を大きく上下させて口の中のものを無理やり飲み下し、胸を叩いて咳き込んだ。
「ああ、喉に詰まるかと思った……すみません。お饅頭が飛んで来ました」
「ピンポイントでか」
さすが実戦経験豊富で優秀なくの一、と感心するべきか。饅頭を投擲する実戦場面がそうそうあるとも思えないが。
「今の北石先生って、実習で五年生の授業も持ったのか?」
文次郎が尋ねると、左吉はけふんともうひとつ咳をしてから、首を横に振った。
「していない筈です。あの時は小松田さんの暗殺騒動があって、まともな授業もできなかったくらいですから」
「ふーん……なら、個人的な用か? 分かんねえな」
納得した様子はないものの詮索するつもりも無いようで、ついでに強制的に中断された三木ヱ門との歯の浮くような応酬も再開する気は無いのか、さっさと医務室へ行くぞと言って文次郎が歩き出す。
それについて行こうとする左吉に、三木ヱ門はこそっと話し掛けた。
「今の、順番が逆だったぞ」
「逆……、何の順番ですか?」
「人を引き会わせる時は身内から先に紹介するんだよ。今の場合なら生徒の潮江先輩が先で、部外者の北石先生が後」
「えっ、そうなんですか? しまった……」
「いま覚えればいい」
ぎゅっと顔をしかめる左吉の頭をぽんと叩き、三木ヱ門が急いで文次郎に追いつくと、文次郎の口元は何故か小さく笑っていた。