「そ。行き違っちゃったのよね」
「私がお預かりして良いものなら、お預かりします」
そう応じながら、北石と雷蔵に一体どんな接点があるのかという疑問があからさまに顔に出た。北石は見た目よりも持ち重りのする書状を三木ヱ門の手にポンと乗せると、わざとらしく謎めいた笑い方をして、「中を見ちゃ嫌よ。絶対に本人に渡してね」と念を押した。
何とも返しようがない。
目をぱちくりさせて三木ヱ門が「はい」と答えると、北石は急につまらなそうな顔になって身を引いた。
「って言っても、別に色っぽい文(ふみ)じゃないわよ」
「……あ、そうですか」
「五年生と北石先生では年齢差がもががが」
「それに、忍術学園に仇為すものでもない、とも言っておく。内容を私が勝手に喋る訳にはいかないけど、それは確かよ。だからそう睨まないでよ」
面白くもない冗談に容赦なく突っ込もうとした左吉の口へ正確に何かを投げ込み、警戒するように北石を眺め回す文次郎に向かって、今度はやや挑発的な視線を投げた。文句があるならかかって来なさいとばかりに、北石のまとう明るく軽い雰囲気がじわりと変質する。
「不破は今時分なら図書室辺りにいるかと思いますが、お寄りにならないのですか」
丁寧な口調で刺を包んで文次郎が言う。
いいえたぶん図書室にはいらっしゃいません、と三木ヱ門は思ったが、それは言っても詮無いことだ。アナンダ2号なんちゃらの得体の知れないぬるぬるトラップから雷蔵と兵助は抜け出せただろうか。
北石はひょいと肩を竦めた。
「遠慮するわ。自分がここでは歓迎されない立場だってことくらい弁えてるもの、あんまりうろつき回るのは、ね」
そう言いながら無造作に腕を動かし、何気ない手あそびの仕草で着物の左袖をたくし上げる。ちらりと見えた肘に新しい包帯が巻いてあるのは、落とし穴に落ちた時に擦りむいたのだろう。
「だから待ち合わせ場所に来てくれないと困るのよねー。……これは独り言だからね。それじゃお使いよろしく。私は失礼するわ」
言いたいことだけ言って北石はひらひらと手を振るとそのまま踵を返し、あっという間に姿を消した。