耳慣れない若い女の声に救われた思いでそちらの方を見ると、ちょうど北石が植え込みの向こうから抜け出したところだった。
朱が差した仏頂面で突っ立っている六年生と、泣いた後の赤い目で頬を紅潮させている四年生と、六年生に頭を挟み付けられてバタバタしている一年生を不審げに見回して、至極もっともな質問をする。
「なあに、これ。どういう状況?」
「北石先生、こんにちは。お久し振りです」
北石が現れたのに気付いた左吉が、耳を塞がれたまま律儀に挨拶する。はいこんにちは、と軽く答えてから、北石は文次郎に向かって自分の耳を指差してみせた。
「何があったのか知らないけど、悪いイタズラをしたお仕置きじゃないなら、その手を離してやってくれないかしら。頭蓋骨が歪むわよ」
「え、はあ」
「ところで君、誰だっけ」
物騒なことを言われて慌てて左吉の頭から手をどけた文次郎をしげしげと見て、北石が首を傾げた。
教育実習やら何やらで関わりがあるのは一年生ばかりだから、それ以外の学年の生徒はあまり面識がないのだ。そう思い当たった三木ヱ門が、滅多にされない質問をされてさぞ面食らっているかと文次郎をそっと窺うと、こちらはこちらで「誰だこいつは」と露骨に訝しむ表情をしている。
互いに誰何し合うその雰囲気を左吉も察したらしく、北石と文次郎の間へ進み出ると、幾分気取った様子で片手を上げた。
「潮江先輩、こちらは以前に一年い組の教育実習にいらした北石照代先生です」
「どーもー。北石です」
「こちらは六年い組、会計委員会委員長の潮江文次郎先輩です」
「あら、それじゃ左吉の先輩か。君もそうね? さっき縄梯子を取って来てくれたわね」
文次郎が名乗りの挨拶をする前に北石が声を上げ、三木ヱ門の方を向いてニッと笑う。
「ちょうど良かった。一緒に落とし穴を覗いてた五年生にこれを渡しておいてくれない?」
「不破先輩……ですか?」
目の前に差し出された分厚い書状に意表を突かれ、三木ヱ門は尋ね返した。