目に映る極上の苦虫を噛み締めて味わっているような表情の文次郎と、耳に入ってきた言葉がうまく連結しなかった。
「ええと……、……、はい?」
小首を傾げて三木ヱ門が困り顔をすると、言葉に詰まった文次郎が「むぐ」と唸った。
「先輩。先輩、潮江先輩」
首を揺らされていた左吉が、頭の上に乗せられた文次郎の右手をとんとんと叩く。秀才然とした聡明な目で六年生を見上げ、いかにもこれから重要な事を話すのだと言わんばかりに勿体をつけてから、「以前、厚木先生から伺ったお話なのですが」と口を開いた。
「お釈迦さまが八万人の前で説法をしている途中に黙って珍しい花をかざしてみせた時、その意味が分かったのはただ一人だけで、その人には言葉無しに意思が伝わったから正法を授けた、と」
「拈華微笑……だったっけ。金波羅華の話か?」
あまり自信がなさそうに文次郎が呟く。
細部の記憶は曖昧なのか、左吉も同じく心もとなさそうな顔で頭を掻いた。
「こんばらか、とか、こんぱらか、って言葉も出て来たと思います。で、厚木先生が仰るには、特別鋭いひとりに以心伝心したからと言って、残りの七万九千九百九十九人は"仏法の道に見込みなし"と言うわけではない、教師としてはむしろそちらの方にこそ分かり易い言葉と誠意を以て正しい法を伝える努力をするべきだと思う、というお話で」
一年生とくの一教室の合同授業の時、一を聞いて十を忘れる一年は組の生徒を安藤がからかい、嫌そうな顔をするは組の担任たちに「その点い組は実に察しが良くて」と続けようとした所へ厚木が横から茶々を入れたのだそうだ。
話の腰を折られて安藤が絶句すると、一緒に聞いていた山本も厚木の話に乗った。
「その話をくの一教室流に表すと、"察してちゃんは面倒臭い"と言うのだそうです」
曖昧な言葉やはっきりしない態度から真意を汲み取って欲しいと期待されても――、ねえ?
「ですから、伝えたいことがおありなら明瞭な言葉で……わあ!」
六年生相手に説教を始めようかという勢いだった左吉の耳を、文次郎が両手で塞いだ。
そしてゆらりともたげた顔は、依然としてしかめっ面だった。
「……聞け」
「は……、はい」
地の底から響くような声に気圧されて、三木ヱ門はがくがく頷いた。
「俺は田村を信用してるし、頼りにしている」
「へ」
「――から、知らんうちに他の委員会の五・六年とつるんでるのを見るのは面白くねえ」