――嘘を吐いてはいない。肝心なことを話していないだけだ。詭弁だけれど。
それでも文次郎は、何か隠し立てをしているのは明らかな八左ヱ門の襟髪を引きずって医務室へ拉致しようとはしない。
勿論そうして欲しいわけではない。しかし、なぜしないのかが不思議だ。まさか八左ヱ門の代わりに自分が締め上げられるのか、と思い当たって、何もない所で転びそうになった。
「わたたっ」
「危ねぇ」
変な声を上げてばたついた三木ヱ門をひょいと押し返し、「前を見て歩け」と軽い調子で注意する文次郎には、池の端で感じたような刺々しい緊張感はない。かと言って機嫌が良いようでもないがこれはいつものことで、小猿をひと撫でするのを諦めきれない左吉の相手をしつつすたすたと歩いている。
僕の意地や虚勢ぐるみ抱える、と決めたから、もう苛々しない……のかな。
……と思うのは自惚れか。それとも、甘えかな。ことここに至るまで散々悩んだり葛藤したり面倒な目に遭ったりで、何もかもぶん投げたくなったりしたけど、それも全部引き受けると啖呵を切られてすーっと気持ちが軽くなったのは、こんな話を一人で抱え込むのは辛いと心の底では覚悟しきれていなかったからで……やっぱり、甘えか?
情けないな。みっともない泣き方もしちゃったし。
「篭手を付けた上から皮手袋をはめたら、もし噛まれても危なくないですよね!」
「そんな重装備の手で触って楽しいか? 毛並みも何も分からないだろ」
「ふぐう……手段に拘泥して目的が疎かに……」
「……そこまでして撫でたいか。お前でその様子じゃ、あの場に団蔵がいたらと思うと怖ええな。そういや団蔵はどこ行った?」
ひょいと振り返った文次郎は、いやに悲壮な顔つきで足を動かしている三木ヱ門を見て、少しの間固まった。