生物委員会は網でぐるぐる巻きにした小猿を神輿のように担いで退散した。
その前にこれだけ騒いだんだからひと目なりと拝ませろと文次郎が要求すると、「網から出さずに二間(約3.6m)離れて」との条件付きで、八左ヱ門はこっそり二人に小猿を見せた。
猿と教えられれば猿に、栗鼠だと誰かが言えば栗鼠に、ちょっと変わった猫かと思えば猫に見える、奇妙な姿形をした小猿は、取り返した飾りを真剣そうな顔つきで両手に抱え持ちながら、大人しく捕まっていた。興味深そうに自分を観察している人間を逆に眺め返し、大口を開けてあくびをした口の中には、小粒ながら鋭く尖った歯が並んでいるのが見えた。
「あれに噛まれたらうなじが削げてたな」
医務室へ向かって歩きながら、今更ながら首筋をさすって文次郎がこぼす。
「変な猿でしたね。あんなの見たことない。可愛かったけど」
撫でてみたいとうずうずする手を、虎若と三治郎と孫次郎の三人がかりで押さえ込まれた左吉が、まだ名残惜しそうにちょっと後ろを振り返る。
「檻に戻したら、また見に行っていいかなあ。ちょっとくらい触ってみたいな」
「預かり物だっつってたからな。部外者があんまり構うのは良くねえだろ。それに異国から持ち込んだ動物なら、未知の怖い病気を持っているかも知れんぞ」
脅すようなことを言って左吉を震え上がらせる文次郎の横、少し下がった位置に付いて歩きながら、三木ヱ門は黙っていた。
飼育小屋に引き上げて大至急檻の補強にかかる、と生物委員会が立ち去ったあと、それを見送った文次郎は「嘘を言いやがって」とぼそりと呟いた。
独り言だったらしい。
どきっとした三木ヱ門がさり気なく横顔を窺うと、生物委員たちの背中を見ている文次郎の表情は怒ってはいなかった。