根岸鎮衛「耳袋」(東洋文庫207/平凡社)から抜き書き。
山中鹿之助は住吉武辺場数たぐいなく武勇の男なりしが、ある合戦すみてその日初陣の若武者両人鹿之助に向い、
「某(それがし)本日初陣にて敵と槍合せの折からは、かねて思いしとはたがい、敵に向いてはまず震いを生じ、なかゝさす敵をしかと見る事なり難く、仕合せに踏込み槍付けて首をあげ候えども鎧の毛より足らず〔※"見えず"の誤記?〕。かゝるものにてありや」
とたずねければ、
「随分精を出し給え。あっぱれ武辺の人になり給わん」
と答う。いま一人申しけるは、
「某はさほどには存ぜず」
さす敵と名乗り合い、敵は何おどしの鎧にて何毛の馬に乗りしか、槍付けし場所そのほかあざやかに語りければ、鹿之助同じく答えしてける。右両士その席を立ちて後、傍らの人この論を鹿之助にたずねければ、
「最初にてたずねし若侍はあっぱれ武辺のひとになるべし。後にたずねしおのこは、甚だ心元なし。もし拾い首にてはなきや、さもなくば重ねての軍(いくさ)には討たれ申すべし」といいしが、果して後日そのことばの如し。鹿之助申しけるは、「某など初陣或いは二三度の槍合せは、最初の武士がいいし通り震いを生じ、なかゝ眼をひらき向うを見らるゝものにてなし。ただ一身に向うを突き伏せしと思い、幸いに首をとりしなし。たびゝ場数を踏みてこそ、その様子も知るゝものなり」
と語りしよし。
実戦の場数も踏まないうちに調子くれてるとすぐ死ぬよ という話。やべーぞ滝夜叉丸。
夏企画の資料に図書館で借りて来た「耳袋」が面白くて困る。
怪談奇談集かと思っていたらそればっかりでもなく、それを書き残してどうすんだレベルの他愛無い逸話がかなり多くて意外でした。教科書に載ってるような古典文学よりは現代語に近いので多少は読みやすいです。多少は。
でも読んでいると眠くなる…。
続きから頂いたメールの返信ですー。
>アヤイ様
メルフォありがとうございます!
ブログ連載がとうとう300回の大台に乗ってしまいました。この辺りから一気に収束させていくつもりではいるのですが、終わりが霞んで見えません…困ったことに…。
原作の団蔵は自分の持っている知識を足らないなりにうまく使い回せるタイプだと思うので、ちょっとアホの子にし過ぎたかーと軽く後悔してます。
夏企画のほうもご感想ありがとうございます。
雷蔵の話は皆々様にどん引きされるのを覚悟していました(笑)が、更にもう一つ恥を加えると、雷蔵は妙な感覚を「怖い」「嫌だ」とは思っているけれど「気持ち悪い」とは感じていないのがポイントだったりします。
現在公開中のほうは、夢の主が「そうなるかもしれない未来」への恐れから「そんな夢」を見た形で、自分はいいけど「喧嘩するほど仲がいいとか冗談じゃない」相手を失うほうが実は痛い のかもしれない みたいな 感じ です。 ふわっふわ。
連載も企画もいつ終われるのか…という状況ですが、今しばらくお楽しみいただければ幸いです。