悲鳴か怒号かはたまた呪詛か、なんとも判別のつかない声が入り交じって漂い出て来る落とし穴を指し、尋ねてみる。
「アナンダ3号か、あれ」
喜八郎はえへんと胸を張った。
「リファインドアナンダ2号ザ・グレート・エディション」
「……、先生が踏み抜いて授業に遅刻したってやつ?」
「それの改良版」
頭の悪そうな名付けだと口にしそうになったのを無理矢理押し戻し、三木ヱ門はこわごわ陥没口の様子を窺う。それを真似るように首を伸ばした異界妖号がまるで笑い声のような音を立てて鼻を鳴らし、団蔵は得意満面の喜八郎に向かって挙手をした。
「質問です。僕たちがここを通るのを予想して、準備してらしたんですか?」
「いや、仕掛けは学園内のあちこちにあるんだ。ここはその内のひとつ」
「こんな危ないものがそこら中にあるんですか……」
「うわぁ!?」
不穏な会話を頭の後ろで聞いていた三木ヱ門は、穴の中からぬっと腕が突き出したのを見て思わず声を上げた。
泥だらけの手が縁にかかる。手応えを確かめるようにその手が辺りを這うと、もう片方の腕は一気に肘まで伸びて来て、穴の外の地面へしっかりと乗せ掛けた。
「おや。意外と脱出が早い」
「綾部! 穴の底に何を仕掛けた!?」
見るからに四苦八苦の体(てい)で半身を引き上げたのは八左ヱ門の顔の三郎だった。小枝でぽんぽんと肩を叩きつつ涼しい顔の喜八郎に射るような視線を向け、今にも穴の中へ逆戻りしそうになりながら、どうにか地上にしがみついている。
「身体に絡まってぬるぬるだし、妙な臭いはするし――すごく――滑るっ」
「知りたいですか?」
喜八郎がそう答えるのに被さって、雷蔵か兵助か、三郎の足の下から「いやだあぁ」と裏返った声がした。
「知りたいですか?」
「……遠慮する」
一瞬顔を強張らせた三郎は、人喰い鮫の口から脱出するかのような勢いで穴から転がり出た。