「やほー」
異界妖号に近付いて足を緩めた三木ヱ門と団蔵に、手綱を持った喜八郎が呑気に手を振った。反対の手でぽんぽんと異界妖号の首を叩きながら言う。
「この子、逃げた馬借便の馬でしょう」
「そうです。捕まえてくださったんですか、ありがとうございます」
「いや、ここでひとりで立ってるのを僕が見つけただけ。正門まで連れて行こうと思ってたんだけどさ。団蔵に預けちゃっていい?」
「馬……、だけか?」
鞍の隙間に隠れていないか気を付けて見回してみても、小猿の姿は影も形もない。慎重に三木ヱ門が尋ねると、喜八郎は「馬借の人は近くにいなかった」と、やや見当違いのことを答えた。
と言うことは、小猿はここに異界妖号を乗り捨てて移動したのか。
南蛮の猿は乗馬もこなすとは――と思わず感心しかけて、そう言えば最近どこかで似たような話を聞いたなと、ふと思い出した。どこで誰から聞いたんだっけ?
まぁいいか。それは本題じゃないし。
「綾部先輩、今日は穴を掘らないんですか?」
手綱を受け取った団蔵が地面を掻く真似をする。踏鋤も手鋤も持っていない喜八郎の姿は珍しいのだ。
「宿題があるんだよねー」
異界妖号の鼻面をぐるぐると撫でていた喜八郎がつまらなそうに言う。
「まだ手を付けてないのか」
アナンダ1号・改の底を抜いて地下道へ降って来たあと、宿題をすると言って長屋の方角へ立ち去ったはずだ。さてはあれからまたフラフラと穴掘りに行ったのかと呆れる三木ヱ門に、喜八郎ぐっと顔を突き出し、眉を険しく逆八の字にした。
「やろうとしたんだよ。部屋に戻ってさ。そうしたら急に立花先輩の指令が飛んできて、三木ヱ門がピンチだから見て来いって」
「へ?」
「感謝したまえよ」
なぜそこで立花先輩が、と目を白黒させる三木ヱ門に向かって、喜八郎は偉そうにふんぞり返った。