その音に張り飛ばされたように咄嗟に振り返る。
教室の出入口は――開いていない。
が、黒板がまるごと半間(約0.9m)ほど横へ滑っている。
どうしてろ組とは組の黒板はあんなおかしな構造に作ったんでしょうねえ、と言った斜堂の言葉が耳に蘇った瞬間、壁と黒板の間にできた暗がりから2つの人影が飛び出して来た。
「!」
三木ヱ門の腰が浮いたのと同時に雷蔵が素早くその場に立ち上がる。視界の端で動いた影に引き寄せられて三木ヱ門が反射的に向き直ると、今度は背後にぞくっとするような気配が立ちはだかった。
首の付根にふわりと手が乗せられる感触がした。
「田村は立たなくていいよ」
「……久々知先輩」
頭の上から降って来た泰然とした声に三木ヱ門は歯噛みした。背中の上部に軽く力を加えられただけなのに、そこが力の通り道なのか、立ち上がる動作に移れない。
――さっきの廊下の足音はこの二人だったのか。隣の教室と黒板の裏表を共有していると聞いたのを失念していたのは不覚だった。
「面白いことをするなら私たちも誘ってくれなくちゃ、なぁ」
「ふざけている場合じゃないよ、三郎。かなり知られているぞ」
三木ヱ門の背後に目を向けた雷蔵がため息混じりにたしなめる。別に刃物を突きつけられているわけではないとやや落ち着きを取り戻した三木ヱ門は、首をねじって左手を見上げ、尋ねた。
「どうしてここが」
「はは、陰謀の現場に踏み込まれた者の定句だな。どうしてと聞くのか? ならば答えよう。それは勿論、不破雷蔵あるところに鉢屋三郎ありだから」
「俺たちは図書室にいた」
三郎の口上をすぱっと遮って兵助が答える。
「中在家先輩を手伝っていると聞いた雷蔵が戻るのを、奥の棚の陰で待っていたんだ。しばらくして中在家先輩が書物を抱えて入って来られた。が、一緒にいるはずの雷蔵は図書室に現れず、代わりに団蔵が――って寝てるのか、この子――会計の一年が巻物の籠を持って来た」
巻物を積み上げた籠は重い。それを一年生が疲れた様子もなく運び入れた、と言うことは、すぐそこで雷蔵から受け取ったに違いない。なぜ雷蔵は無関係な一年生に荷を預けた?
何かが起きて図書室に戻れなくなったからだ、と推測するにはそれで十分だ。