何を訊問するのか、自分たち一年生はなにをしたらいいのかと左吉が質問してみても、文次郎は「その時に考える」と言うばかりで明言しなかった。
「善法寺先輩が何かの拍子に屋根から落ちて、落ちた所に落とし穴があって、それが尋常でなく深かったのでなかなか出られずに難儀しているところを潮江先輩が発見したんだそうです」
「不運のドミノ倒しだな。でも、善法寺先輩が一緒だったなら、"鼻薬"のことは潮江先輩に話していないのか?」
「いいえぇ」
三木ヱ門がふたつめの質問をすると、わざとらしいほど無邪気な笑顔を作った団蔵は、これまた胡散臭く可愛らしい声で滔々と喋り出した。
「よく効く鼻の薬ってどんなのですか? 良薬の鼻薬ってやっぱり苦いんですか? 鼻がぐずって困ってる人がいっぱい助かりますね、当分医務室が大繁盛ですよぉ――って、善法寺先輩に話し掛けました」
必殺・無垢で純粋で疑うことを知らないお子様のフリだ。
「善法寺先輩は何とお答えになった」
「琵琶湖をバタフライで横断する勢いで目が泳いじゃって、呂律まで怪しくなってそのままウヤムヤです」
団蔵の言葉を聞いた伊作は目に見えて動揺し、その隙に左吉が目配せすると、訝しげにしていた文次郎は何かを察した表情になった。団蔵が「鼻薬」と口にした時に微妙な抑揚をつけたのを聞き逃さず、その意味するところを理解したらしい。