熊にぴったり背後を取られてそれからどうなった。
「リアルベアハッグですか。あれは対面攻撃です」
「後ろから仕掛ける場合もあるけど今は置いとけ。熊は冬眠に入る前、滋養になるものを食いだめする習性がある。主にドングリや胡桃等の堅果類だな」
「はあ」
こんな状況でも動物の生態を語りだすと表情が明るくなるのはさすがだ。冬眠とは言っても外部から刺激があると目を覚ますこともある、その時のためにリスみたいに巣穴に非常食を用意しておくものと溜め込んだ脂肪でしのぐものとがある、身ごもっている雌は冬眠しながら出産する――等々、澱んだ目をする三木ヱ門に構わず滑らかに弁舌を振るい、
「そんな時期に、それでなくても大好物の蜂蜜が目の前に現れたら、熊はどうすると思う?」
と、先生が生徒に対するように質問を投げる。
いつの間にか傾いていた首をぎしぎしと元の位置に戻しながら、三木ヱ門は投げやりに答えた。
「超ラッキーハッピーそれをくれ今すぐくれさあよこせと詰め寄られたら、熊パンチを浴びる前に巣板を投げて逃げます」
「それだ」
「どれですか」
「前半全部……、後半もかな」
熱心な熊語りで復活しかけていた八左ヱ門が、その言葉と一緒にまたしおれた。
「そんな熊に会ったら当たらず触らず逃げるのがベストだ」
それをお触り禁止と言い表すのは間違っている気がする。
「……が、試してみたいのに材料がなくてままならん薬の調合が山とあった善法寺先輩は、物凄い勢いで食いついてきた」
この強壮薬は前々から一度作ってみたくてでも薬種がレア中のレアだから諦めてたんだけどあの薬草は一体どうやって手に入れたのもしかしてこれ以外にも頼めばまだまだ他に出て来るものはあるのかなあ例えばアレとかコレとかソレとか答えてくれないなら強壮薬で何をするのかじっとり張り付いて監視させてもらうよ何しろ貴重な薬草をぽんと差し出すくらいだから余程重要な事に使おうとしているんだろうねえねえどうなんだい。
変装中の三郎さながらの声真似でそこまで一息に言い切って、八左ヱ門は長い溜息を吐いた。