喋るにつれて八左ヱ門は目の前の三木ヱ門が目に入らなくなっていくようで、話す内容も、問わず語りと言うよりは埒もないぼやきに近づいていく。もっと薬草の勉強をしておくんだったとか、あの嗅覚を他に活かせばいいのにとか、研究者は頭がぶっ飛んでるとか、愚痴とも懺悔ともつかないことを際限なく呟き続ける。
意味が分からない。
分からないなりに確かなのは、八左ヱ門は今、伊作を一件に関わらせたのを激しく後悔しているということだ。
それはどうやら、三木ヱ門に対して見せたような、生物委員会と無関係な人物に重い責任を負わせた――という良心の呵責ではないらしい。
「鼠相撲」
三木ヱ門がぼそっと言うと、八左ヱ門の繰り言がぴたりと止んだ。
「で、不正をされましたね。蜜漬けの体力増強剤でネズミをドーピングして、それで用具委員会に勝った」
「五年から聞いたのか? 誰から……いや、もうそれはいいか。少しごまかした。本当は相撲じゃなくてゼロヨンだ」
「……あ、納得」
長屋の廊下で見たねずみのあの驚異的な加速力は確かに、パワー勝負よりスピード勝負に相応しい。最近長屋に出るゴキブリなど、素早過ぎて最早目に見えないからかえって気にならないと久作が言っていたっけ。
「その体力増強剤は、善法寺先輩が作られたものですよね」
「他にいるか?」
しょげた顔の八左ヱ門が自嘲気味に笑う。
「目的は隠して、動物にも効く強壮薬はないか聞いたら、調剤法はあると言われたんだ」
ただ、材料は持ち合わせがない、と言う。
あれば作れるのかと尋ねると、伊作は「あれば、ね」と言って苦笑いした。その苦笑いの意味を深く考えず、貿易商に頼んで薬種を少し分けてもらい、伊作に渡して調剤を頼んだ。
「……その時の薬草が、海の向こうの国じゃないと採れないもんだったんだよな」