いや、似た顔なんて化粧や細工で作れる。その生き証人が三郎だ。慣れ親しんでいる気のいい五年生のこの顔の下にはきっと――
「おい、得物はやめろ得物は」
慌てた様子で八左ヱ門が手を振ったので、三木ヱ門は自分が背中の腰板からいつの間にか錣を抜いていたのに気が付いた。
小型の両刃鋸の鋭い刃が、夕日を受けて手の中できらりと光る。
その刃先を三木ヱ門がひょいと鼻先に向けると、八左ヱ門は片足を引いて仰け反った。
「その"竹谷先輩"の顔を削いだら、」
「そぐ!?」
「全然知らない、見たこともない赤の他人が現れないかなー。っと」
「意外と信頼厚いのか、俺って」
言いながら八左ヱ門は無造作に両手を動かし、錣を持った三木ヱ門の右手を上下から挟むようにしてパンと叩いた。
ごく軽い、しかし緩んだ指から呆気なく錣が落ちるには十分な一撃だ。足元に転がった錣を八左ヱ門は素早く池の中へ蹴り飛ばした。
「俺は竹谷八左ヱ門だし、自分が何をやってるのかは理解している」
ずるい、汚い、卑怯、悪辣。そんなのは「らしくない」と思ってもらえるとは、俺は望外の果報者だ。
「生物委員会の一年生や三年生の首も並べて懸けて、平気なんですか。どうして平気でいられるんですか」
「平気に見えるか。はは、俺、役者だな」
水面に広がる波紋から唇を噛む三木ヱ門に視線を移し、八左ヱ門が自嘲気味に笑う。
一年生には「この一件は秘密だから言い触らしてはダメ」と釘を刺してある。良い子たちにはそれで十分な抑止力になるから、詳細は話していない。
孫兵は、下手に隠しごとをしたら怪しんで突っ込んでくるだけの洞察力がある。それに学年では生物委員会の二番目となる三年生だ。だから全部話した。
「知ることが即、首を懸けることになる、とは思っていなかったようですが」
医務室での孫兵の様子を思い出して三木ヱ門が言うと、八左ヱ門は奥歯が痛むような顔をした。
「そりゃ、言わなかったからな。"知っている"者の中で、もしもの時の優先順位は孫兵が一番下だ。そこまで責任は及ばせない、――だろうし、無闇に怖がらせる必要はないだろ」
「……はあ。お優しいことで」
「それ、嫌味?」
「嫌味です」