「知ろうとさえしなけりゃ、こんな――」
強い口調で言いかけてさっと顔を上げた拍子に、瞠目して固まっている三木ヱ門が目に入ったのか、八左ヱ門は我に返ったように唐突に言葉を切った。
かち合った視線の先にある相手の睫毛の数を数えてでもいるかのように、正面から向かい合ったまま二人揃ってしばし立ち竦む。
妙な間が空いた。
「とにかくさ」
八左ヱ門がひとつ空咳をして、掠れた声で再度話し始める。
「田村が黙っていればもしもの時も潮江先輩は無事でいられるし、そのうえ望むままの一品も手に入る。知った話を忘れろってんじゃない、他言しないってだけで、だぜ。悪い話じゃないだろう?」
改めて言うまでもないけれど、"知って"しまった田村は勿論既に俺たちの運命共同体だ、と別人のような声で八左ヱ門が言う。今更知らぬ存ぜぬでは通らない。死なばもろともだ。
「……こんなの、」
喉を抑えていた三木ヱ門の両手が無意識にずるずると滑り落ち、ぎゅっと襟を掴んで止まった。
当人がそうだと認めたけれど、このひとは本当に、本物の竹谷先輩だろうか。今はまだ無関係な潮江先輩の命を盾に、"鼻薬"をちらつかせて、不公正に目をつぶれと、口をつぐめと、こんなに悪びれずに。
「……こんなの、まるで脅しじゃないか」
「脅してるんだよ」
爽やかなほどにすっぱりと言い切る顔は、確かに八左ヱ門だ。