そう言って、強張ったような口元を袖でぐいと拭う。
「喋りたければ誰にでも喋っていいよ。それをしないなら、その対価は提供する」
「それを世間では"口止め料"と言います」
「いや、だからさ、そんなものいらねぇって言うなら喋っていいんだってば。同級生でも、委員会の先輩や後輩でも」
へらへらと軽薄な口調で、八左ヱ門は聞き分けの悪い子供を諭すように同じ言葉を繰り返す。
その喋り方も態度も、ついさっきまでの、三木ヱ門もよく知っている陽気な八左ヱ門らしくない。開き直ったようにふてぶてしいくせにどこか頑なで、笑み崩れて緩んだ顔の中で笑わない目は用心深く三木ヱ門を注視している。
何となく――怖い。
「その……秘匿の一件に行き当たったのは、会計委員会に提出された収支報告書のおかしな点を調べている最中に、偶然にです」
この期に及んでもはっきり口にするのはためらわれる。それでも努力して真っ直ぐ頭を上げ、三木ヱ門は声を励まして抗弁した。ふんふん、と八左ヱ門が気楽そうに小刻みに頷く。
「だから、少なくとも委員長には、事の次第を報告しないわけには行きません。が――潮江先輩は"鼻薬"で口を閉ざす方ではないです」
「鼻の薬は口には効かないだろうな」
不意に八左ヱ門が腕を伸ばした。反射的に半歩退いた三木ヱ門の喉を指先で軽く突き、その指をすっと横へ払う。
「何回でも言うけど」
両手で喉をかばって後ずさる三木ヱ門に、八左ヱ門は持ち上げたままの右手を手持ち無沙汰そうに自分の首に当てて、にっと唇を曲げてみせた。
「喋るのは田村の自由だよ。ただし事の詳細を知った以上はそれが誰であれ、生物委員会の負う責任に連座してもらう」
その責任にはここが懸かっているのはご存知の通り、と八左ヱ門は右手で触れていた首をぽんぽんと叩く。
万一の時に委員長の首を飛ばしてもいいなら、どうぞ喋ればいい。
「そんな勝手な」
「それくらい厄介な話だ」
だから隠していたんだと、一瞬真顔になった八左ヱ門が険しい声を出した。