八左ヱ門の姿を見かけるなり「お前は鉢屋か否か」と掴みかかった文次郎の行動は、一見乱暴だし実際手荒だったが、実に理に適っていたのだ。本当の本人だと決死の嘘を突き通して逃げ延びたものの、その八左ヱ門の中身は三郎であり、文次郎は気づかなかったとはいえ王将を獲っていたのだから。
「……今の"不破先輩"に、しがみついてでも引き止めるべきだったか」
しかしもう遅い。
言葉通りに事務室へ行ったとも思えない。校舎へ駆け込んで来たふたりの五年生と落ちあい、今後の対策を検討するつもりだろう。その会議の場に、「会計委員である三木ヱ門が既に幾つかの情報を掴み、不審人物たちの周囲を嗅ぎ回っている」との凶報がもたらされたら――
ここから先は徹底的に守りを固められる。
三木ヱ門はゆらりと立ち上がった。
「頭(かしら)はどこだ」
もう誰が誰なのか分からないが、何かを企む五年生が三人この校舎の中にいるのは確かだ。
勘右衛門も"三郎"候補だが――たぶん、本物の勘右衛門だろう。そしてきっと"企み"には深く関わっていないか、或いはよく知らない。伏木蔵と怪士丸から聞いた、同級生たちを見かけた時の反応が、随分と呑気過ぎる。
八左ヱ門はあの剣呑な追手に捕まっただろうか、逃げ切っただろうか。それとも未だ逃走中だろうか?
三人と合流する前に三木ヱ門が八左ヱ門を捕獲、もとい確保できれば、状況は会計委員会に有利になるはずだ。
捕まっていれば無理を押しても譲り受ける。
逃げ切っていれば今度は三木ヱ門が追手になる。
逃走中なら、屋根の上の追手と共闘する。
長屋の廊下の大穴へ飛び込むべく、三木ヱ門は踵を返して駆け出した。