そのまま顔の高さまで持ち上げ、目を近付けて穴の内側を覗くような仕草をする。軽く揺すり、空っぽだなと呟いた。
「最初に不破先輩とお会いしたあと医務室へ行きましたが、鼻の薬の在り処は善法寺先輩しか分からないそうです」
「あれ、そうなのか。扱い方が難しい薬なのかな」
つづらの陰から目だけ覗かせた雷蔵が首をかしげる。
「今日は乱太郎と数馬が当番で善法寺先輩はご不在だったのですけれど、どちらにいらっしゃるか、ご存知ではありませんか」
「そう言えば、少し前に書庫にいらしてたな」
下ろしたつづらを無造作にくるくると回転させつつ、衛生管理だとおっしゃっていたよと言って、ちらりと苦笑した。
「下級生長屋の虫やネズミが活発化しているから、それが校舎へ大挙して移動して来ないように、そういう生き物が好みそうな場所に虫除けの草を撒いておくんだって。でも、図書委員会が管轄する区域は清潔にしていると中在家先輩が嫌がられて」
紙を食う紙魚を遠ざける効果もあると伊作が熱心に説きつけて最後には同意させたものの、長次は不興な様子だったという。
薬草を持ち込んだ伊作の本当の目的が何であれ、虫やネズミが徘徊する環境は衛生的と言いがたいのは確かで、虫害獣害を防ぐための予防措置という説明には理がある。いつもの長次ならすぐに納得して聞き入れるだろうに、ぐずぐずと不満を燻らせるとは珍しい。
「"雀躍集"のせいですか」
三木ヱ門が言うと、雷蔵は一瞬目を瞠り、それからまた苦笑いした。
「今月はずっと先輩の笑顔が絶えないよ」