三木ヱ門は目を上げた。
その拍子に、睫毛に引っかかっていた涙がはらりと流れ、鼻の横を滑って顎まで落ちた。それも袖で拭って復唱する。
「鼻の薬、ですか」
「うん。さっきも言ったけど、よく効く薬が入ったって乱太郎に聞いたよ」
「よく効く……」
「くしゃみが収まるとか鼻水が止まるとか、そういう薬だろう。だって鼻薬なんだから」
しかしその"鼻薬"は、実は医療的な意味での薬ではない。
とは、知らないのか。
そうでなければ、顔を合わせるたびにくしゃみをしてばかりの後輩にこんな提案をするわけがない。無いものを貰いに行かせて伊作を動揺させようと企んでいる会計委員ではあるまいし。
目をこするふりに紛れてこっそり窺ってみても、雷蔵の表情は二心あるようには見えない。親切心が九割九分と、残りの一分は三木ヱ門が医務室へ行ってこの場がうやむやになったらいいなと期待している。
雷蔵はおそらく生物委員会を要石に共謀する委員会があることを知っている。そこには火薬と学級委員長が含まれ、何を提供し何の見返りを受けたのかは分からないが、図書委員会もどうやら加わっているようだ。
……しかし、保健委員会――と言うか、保健委員長も噛んでいることはご存知ない?
逆から見れば、生物委員会は他の委員会へこっそり協力を求めた時、伊作が関わっていることを教えなかった?
上級生だから憚った――という理由だと、図書委員会にも六年生の長次がいる。雷蔵が委員長に内緒で下級生を抱き込み「悪いこと」をするとは考えにくい。生物委員会に加担することは長次も承知しているだろう。
教える必要がないと思った。やってることがあんまりエグいから教えるに教えられなかった。自分の関与は他言無用と伊作本人に釘を刺されていた。
「ああ、分かんなくなってきたぁ」
鼻をつまんでひねりながら三木ヱ門は口の中でもごもごと呻いた。
雷蔵は思い出したように手を伸ばして廊下に落ちたつづらを拾い上げ、裏返してもう一度穴を見た。